よみもの

◆2018年新春座談会 安部龍太郎×村木嵐×原口泉◆  
安部
それと、島津家の特徴としては、鎌倉以来の名家という強みがあります。さっき先生がおっしゃっていた、土佐藩、鳥取藩、岡山藩なんかとの縁戚とか。(福岡)黒田藩も……。
村木
殿様(黒田斉溥〈なりひろ〉)が薩摩からの養子ですものね。
安部
重豪(しげひろ)の息子でしょう?
原口
そうです。実の息子。
安部
だから、いろんなところに……。
原口
奥平昌高(おくだいらまさたか)/(豊前中津藩主)も実の息子。
安部
そう、そう。そういうところに養子縁組できるという家柄のよさというものがある。実際、将軍家に二人も嫁を出している。篤姫(あつひめ)/(天璋院)と茂姫(しげひめ)/(広大院)ですよね。茂姫は重豪の娘ですね。
村木
そういったこともあって、密貿易しても幕府は薩摩に対して文句を言えなかったんでしょうね。
安部
将軍家ばかりか朝廷の近衛家にも非常に大きなパイプを持っていて、国内の情報や政治状況がよくわかるということですね。
原口
はい。情報は、それが信頼に基づく情報であるかどうかが決定的に大事。(薩摩にとっては)近衛家と幕府と長崎唐通事から得た情報が一致しなければいけない、信頼できないということになる。
□島津重豪の「開国」構想
安部
私が最も注目している島津藩主は島津重豪なんです。彼は、いち早く藩政改革に乗り出す。造士館をつくったり、天文館や医学院をつくったりしますよね。それで、明治維新に先駆けて改革をやろうとした。僕の想像にすぎないのですが、重豪は開国しようと思っていたんだと思います。それで、シーボルト[オランダ商館のドイツ人医師で博物学者]に接近していくじゃないですか。
原口
はい。そうですね。
安部
シーボルトに直接会ったりして、開国へのいわゆる開明派といわれる一派を形成して、しかも将軍家に嫁を出し、諸大名家に養子を出して、世論形成を図っているわけです。そこで一気に開国に持っていこうとしていたんだと思うんです。ところが、シーボルト事件[禁制品の日本地図を入手したとして幕府から国外追放処分を受けた]で潰されてしまう。
原口
相当に大きな構想ですね。
安部
ええ。『薩摩燃ゆ』を書いたときから思っているんですが、(開国の構想が)潰されてしまって、残ったのは、莫大な借金ですね。もう一つは、幕府の体制では開国はできないと、重豪は幕府を見切ったんだと思うんです。だからこそ、目指すは倒幕だと、彼はその時点で思ったんじゃないかな。
 茶坊主上がりの調所広郷を抜擢し、密貿易や偽金づくり、黒糖地獄と呼ばれた奄美大島の収奪など、ありとあらゆるブラックなことに手を染めながら、ちゃんとした農政改革、軍制改革、流通改革、インフラ整備も、貯えたお金でやる。その腹の据え方というのは、重豪自身が「この国を変えるにはもう開国しかない」という発見をしたからではないかと思うんです。
原口
どう見たって重商主義政策ですよ。
村木
重商主義政策を突き詰めれば富国強兵になって、それは明治政府と一応つながるわけですよね。
原口
だから、重豪は啓蒙君主だったと思うんです。日本は鎖国をしているかもしれないけれども、ヨーロッパの十七、十八世紀の科学革命の成果が長崎、琉球を経由して、確実に、重豪などを中心とした開明派の大名らに伝わり、一つのグループを形成する段階に入っている。「開国」に対応できる日本という国をつくるためには、重商主義の考え方に基づいた、貿易立国で産業開発という、非常に早熟的な絶対主義政権ですよね。重豪は十八世紀末に日本の絶対主義政権への移行の可能性を見ていたのかもしれない。
安部
僕もまったく同じ意見です。
村木
それはすごくおもしろいですねぇ。
安部
普通、あれだけむちゃくちゃなことをやれとは言えないですよね。その重豪の膝に抱かれて育ったのが斉彬ですからね。ひ孫。かわいいですよね。重豪の薫陶を受けて育っているわけですから、斉彬がやったことは、重豪のコピーみたいな感じです。そう思えば、重豪からもう明治維新が始まっていたのでは、という考えも浮かんできます。
原口
重豪がかなり早い段階から開国を意識していたのは歴史的に見ても間違いないと思いますし、結果的には倒幕につながったと思います。
江口
村木さん、今までのところで何かお感じだったら。
村木
いや、何か、すごいダイナミズムに動いていたんだなというのを強く感じますね。
原口
僕もそう思いますよ。
村木
すごく驚きました。桜島と一緒で、下のほうからマグマみたいな感じでポコポコと上がってきたのが、明治維新につながって、二百六十年続いた幕府をひっくり返せるようなパワーになったのだなというのを感じました。


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〈プロフィール〉
安部龍太郎

1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』『宗麟の海』ほか多数。
村木 嵐

京都府生まれ。2010年『マルガリータ』で松本清張賞を受賞しデビュー。著書に『雪に咲く』『島津の空帰る雁』『地上の星』など。
原口 泉

1947年鹿児島県生まれ。鹿児島県立図書館館長。志學館大学教授。鹿児島大学名誉教授。東京大学文学部卒、文学修士。専門は日本近世史・近代史で、薩摩藩や琉球史に詳しい。大河ドラマ「西郷どん!」の時代考証にも携わっている。
司会/集英社文庫編集長
江口 洋