よみもの

◆2018年新春座談会 安部龍太郎×村木嵐×原口泉◆  
□歴史が重層する
村木
私は、江戸中期に薩摩藩が行った木曽三川の治水工事を題材にした『頂上至極』という本を書いています。今回、宿泊したホテルの近くに薩摩義士の犠牲者を供養するお墓というか碑を見つけました。たまたま通りかかったんですが、木曽三川の水がそれぞれペットボトルに入れて置かれていて感激しました。碑には苗字のない方のお名前もあって、ウルウルきてしまいました。
江口
実際、岐阜の人はけっこう薩摩義士の話題を出してくるんですよ。北海道の十勝の人もなぜか、郷土の英雄のように話を出してくるんです。
村木
そうなんですか、初めて知りました。
江口
十勝地方って、岐阜県と富山県から入植した人が集中している。原野を切り開いて北海道で一番の穀倉地帯になっているわけなんですが、そのためには治水工事をしないといけないでしょ。なので、(薩摩義士は)ヒーローなんですよ。
村木
富山も治水に関しては、すごいところですからね。
江口
何を言いたかったかというと、物語というのは因縁と自分の置かれた状況で反復されるというものだということなんです。
村木
富山は神通川や常願寺川がけっこう大変な湿地帯で、海面のほうが高くなっているんですよね。疫病が流行ってしまうし、大きな湖みたいなのができてしまうので、それをなくそうと頑張ったんですね。岐阜と富山って意外な共通点があるんですね。
江口
幕末の薩摩という観点で言えば、富山は薩摩の友藩なんですよね。
安部
鹿児島は本当におもしろいですねぇ。いろんな歴史が重層的になっている感じがして。
村木
本当にそうですねぇ。大昔のマンモスがいたころから続いているような。すごいなぁって。
安部
風通しのよさを感じますね、幕末に近い薩摩でも。例えば調所は城下士最下級のお小姓組から登用される、下の人たちがいきなり登用されるんですよ。島津家というのは。
村木
ほかの地域ではあんまりないんじゃないでしょうか。
原口
お小姓組から家老になったというのは調所だけではなくて、九代藩主斉宣(なりのぶ)のときの秩父太郎がいます。ほかの藩ではないんじゃないの。
安部
バランス感覚のよさがあるんですよ。それが島津に暗君なしといわれているゆえんでもあるけれど、俺に従わない奴は全員ダメという信長のような態度をとらなかった。
□桜島の力で創作にも意欲?
原口
僕は研究者で、お二人は作家。今、歴史小説のほうがおもしろいんじゃないかな。歴史学者は史料を丹念に見るけど、アカデミックな人に限って、史料がないものは全否定する。そのような歴史学、官学アカデミズムの欠点を指摘しているのが芥川龍之介の『西郷隆盛』ですね。芥川のすごい皮肉だと思う。作品の中で芥川は、この汽車の中に現に西郷が乗り合わせているのに、君らは西郷は死んだとある(・・)史料(・・)に基づいて言っているにすぎないと書いています。歴史学には「人間」がないわけです。構想力、イマジネーション、その人物を描くという点において、歴史小説のほうがおもしろいですよ。
 村木さんは(十六代当主島津義久〈よしひさ〉の三女の)亀寿(かめじゅ)のことも書いているんですか。
村木
はい、『島津の空 帰る雁(かりがね)』という本で書きました。
安部
今回初めて鹿児島にいらっしゃって、次回作の構想が浮かんできたりも?
村木
桜島のことばっかり言いますけど、頑張って生きていこうという気持ちをすごくもらったんです。もしも書くとなれば、島津の女の人を書きたいと思います。すごくすてきだなあと思って。いざとなれば「海があるさ」というようなさばけた感じがありますよね。そういうのを研究したいなと思いました。
 島津の先見性という意味では、男の人が女の人をしっかり認めているという感じがします。(島津分家の伊作〈いざく〉家当主島津忠良〈ただよし〉の生母で、一時、伊作城主の地位にあった)常盤(ときわ)もそうですが、彼女が決定権を持って物事を進めていますよね。(昨年のNHK大河ドラマの主人公の)直虎(なおとら)みたいに踏ん張っている感じとは違って、島津の女の人は、あんまり強く頑張るぞっていう感じにしなくても大丈夫なのかなと。亀寿も現代人に通じるような部分はあるんだと思います。
安部
薩摩藩二代藩主の光久(みつひさ)の祖母がキリシタンだという話もありますよね。堅野(かたの)カタリナ。お墓が種子島にありますね。(島津家分家の薩州〈さっしゅう〉家の)藩主の正室なんですけど、キリシタンになって種子島に流されているんですよ。鹿児島の女性ってそういう人なんですよ。
村木
光久のおばあさんが流罪になっていたというのは初めて聞きました。ものすごくびっくりです。
原口
カタリナ永俊尼だ。
安部
カタリナさんは魅力的ですよ。
村木
今、話を聞いただけでも、すごいすてきです。感動しました。
安部
だから、これを村木さん、いつか書いてください!
村木
ありがとうございます。いろいろ調べてみたいと思います。
江口
安部さんはいかがですか?
安部
僕は書くなら、やっぱり島津重豪を描きたい。彼は中国語を話し、オランダ語も理解したという天才ですからね。重豪から明治維新は始まったと言えるのではないかと、やっぱり思うんです。シーボルト事件で夢を閉ざされるけど、天才的な殿様が明治維新の土台を全部つくって、そこに薩摩の特殊性と、それに英語で言うとファナティックというんでしょうか、狂信的ですからね。
原口
ふつうはペリーから始まったと言えば、うまく収まるのに(笑)。
安部
原口先生、収まらなくていいじゃないですか(笑)。とにかく、重豪をいつか書きます!

(おわり)



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〈プロフィール〉
安部龍太郎

1955年福岡県生まれ。図書館に勤務するかたわら、短編で日本全史を網羅した『血の日本史』で90年デビュー。2005年『天馬、翔ける』で第11回中山義秀文学賞を受賞。13年『等伯』で第148回直木賞を受賞。著書に『信長燃ゆ』『海神』『関ヶ原連判状』『恋七夜』『宗麟の海』ほか多数。
村木 嵐

京都府生まれ。2010年『マルガリータ』で松本清張賞を受賞しデビュー。著書に『雪に咲く』『島津の空帰る雁』『地上の星』など。
原口 泉

1947年鹿児島県生まれ。鹿児島県立図書館館長。志學館大学教授。鹿児島大学名誉教授。東京大学文学部卒、文学修士。専門は日本近世史・近代史で、薩摩藩や琉球史に詳しい。大河ドラマ「西郷どん!」の時代考証にも携わっている。
司会/集英社文庫編集長
江口 洋