よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 越前野山にいる田村半左衛門の息子、田村景政(かげまさ)は筆頭家老として国許にいるが、親の跡目を継いで家老職を得ただけの無力な者だ。あるいは単に暗愚な者なのかもしれない。それで親父(おやじ)殿がひとり奮闘しているということもありえる。
 国許の家老永田紀蔵(ながたきぞう)の下には用人で中老の辻伝士郎(つじでんしろう)、側用人に井村丈八郎(いむらたけはちろう)、番頭の中越呉一郎と強者(つわもの)がそろっている。この番頭の中越がなかなかのしたたか者で、剣の腕のみならず若い下士を誘導するのにも長(た)けている。それ故、武田道場に通う者の中には、中越を人誑(ひとたら)しと呼ぶ者もいる。
 ともあれ、田川源三郎に反撃の機会を与えるために、あえて和三郎は田川を生かしたまま中屋敷に残す、という危険な賭けに出たのだ。
(しかし用意した六十両で、だいたいの仕事を収めることができたのは、幸運だった)
 そうすることができたのは、意外にも、水ノ助(みずのすけ)が人集めに長じていたおかげである。
「直俊君、その芒(すすき)の根元には要塞代わりの板塀が隠してあります。直俊君には、後ほどその向こうに現れた田川ら一味に向かって、名乗りをあげてもらうことになります」
「岡、そちのいうことには何でも従うぞ」
「危険なことでございますが、もしものときにはこの岡が盾になります。逃げる道は最前申し上げた通りです。漁師の仙蔵(せんぞう)という者がご案内致すゆえ、ご安心下さい」
 芒と藁(わら)を撒(ま)いた板壁の上を人が歩く分にはなんら影響はないが、馬の蹄となると、倒して隠してある板塀を踏み抜きかねない。それで和三郎は先に馬を降りて、誘導したのである。
 大工には屋根を補強して、男二人が潜んでも天井が突き抜けないくらいに頑強にするように頼んでおいた。屋根には梯子(はしご)をかけ、そこに大量の仕掛け花火を用意した。
(大砲は……これはやってみなくては分からない)
 大砲はふたつ用意した。
 ひとつは和三郎が江戸にきて製作したものである。
 傷の手当を受けることにも飽きて、ふと思いついて平山行蔵(ひらやまぎようぞう)の本にくびっぴきになって密(ひそ)かに作ってみたが、その出来については丸で自信がない。平山行蔵は武州(ぶしゅう)徳丸ヶ原(とくまるがはら)で一貫目玉筒を試射しようとしたが、幕府の許可が下りず、不承不承引き下がったことがある。
 その平山が製作した玉筒を四十年ぶりに復活させようというのが和三郎の試みだった。
(無謀な試みだ。場合によってはやめることにしようか)
 弱気になったのは、砲術の心得が全くなかったことだ。しかも筒は錆(さび)のついた鉄をあてがった。最初は鉄製ではなく竹を使用したのだが、さすがにこれは危ないと自重した。それで、自信がないので火薬の量は控えめにしておいた。せいぜい三十匁(もんめ)砲である。
 ただ硝石半分、それに硫黄、木炭を四分の一ずつ加え、油脂を混ぜて火薬を丸めているところを仙蔵に見られたので、完成したら操作するように言いつけてみたが、仙蔵は首を縦には振らなかった。昨日になって一応了解の意を表したが、猜疑心(さいぎしん)は拭いきれないはずである。もし仙蔵が逃げたら和三郎自身で導火線に火をつけるほかはない。
(だが、危ないなあ。やはりここは専門家に任せた方がよいのではないか)
 もうひとつの大砲は、広島藩浅野(あさの)家の騎馬筒隊の反今中大学(いまなかだいがく)派が、長年培った技術で製作したものである。
 外記(げき)流を学んだ若手の彼らは、とうに出来上がっていた大砲を、試射することができずに随分悶々(もんもん)としていたようだ。今回図らずも試射する場所を与えられて、喜んで参加してくれた。
 彼らの協力があったのは、倉前秀之進(くらまえひでのしん)の紹介があったからである。大垣(おおがき)での倉前との出会いがなければ、和三郎の命はとうになくなっていたかもしれない。
(出会いは劇的)
 そう思う。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

Back number