よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 実際に砲弾を放つのは、こっちの方の大砲になるだろうと和三郎は思っている。砲台も昨夜、夜陰に紛れて、吉井も手伝って玄関脇に作ってあるはずである。実は和三郎はまだ点検していないのである。
(しかし、全て、今夜の襲撃に備えるために用意したことだ)
 直俊君を馬から降ろし、朽ちた門から玄関に導いた。一見つまらない玄関だが、そここそが護りの要となっている。
 その玄関の脇に三人の侍が潜んでいた。浅野家の家来である。
「岡さん、準備はできています」
「標的は二十間(約三十六メートル)だといわれましたが、それでは短すぎる。周囲の家屋に迷惑がかかる恐れもある」
「では真上に撃って、弾の距離を抑えることはできますか」
 和三郎の問いかけに香山(かやま)という侍はウームと唸(うな)った。
「そんなこと試したことはないですが」
「いや、試そうとしたこともない。なにせ初めてのことだからな」
 と、もう一人の菅平(すがだいら)という比較的トウのたった侍が呟いた。
「じゃが、人家もあるし、ここでぶっ放すとしたら、大川の方にした方がよい。それで敵も相当あわてるはずだ」
「そうか。そうですね、そうしましょう」
「それに本当に今夜、土屋家の世嗣を殺そうと謀る陰謀派がここを襲ってくるのですか」
「来ます。この方が直俊君です」
 そこで菅平らは、初めて和三郎の陰に隠れるようにして佇んでいる子供を見た。みな一斉に頭を深く下げた。
「ともかく、もう時がない。連中は出陣の用意をしている。さっき覗いたら握り飯を食っていました」
「握り飯か。儂等(わしら)も腹が減ったな」
 菅平が腹を押さえた。
「すぐに用意させます。暫時お待ち下さい」
 そういって直俊君の手を引いた。玄関前にはもうひとつ、人の気配がする。
「岡様。妙な浪人が来ておるけど、ひとりは浜松(はままつ)でうらを襲ったやつでねえか」
 暗がりからぬっと現れた水ノ助がそう小声でいった。だが、和三郎が返事をする前に水ノ助は、
「わっ!」
 と叫んで二尺ほども跳び上がった。ケツを一太郎に食いつかれたのである。
「一太郎、こいつは水ノ助といってうらの仲間だ。ま、何度も裏切ってくれたやつだが、今度ばかりは大丈夫だろう」
 和三郎は野犬の頭を撫でた。どういうわけか和三郎になついている野犬は、あまえた声を出した。
「裏切ってねえって。うらは岡様に忠誠を誓(ちこ)うただ。おっかねえ犬じゃ。どっから来たんじゃ」
「野良犬から守護犬となったやつだ。一太郎、この水ノ助と一緒にここを護っておるんだぞ」
 そう呼びかけると一太郎はおとなしく土間に腹ばいになった。
「水ノ助、仙蔵と呼吸(いき)を合わせて例の綱を左右からひっぱるのを忘れるなよ」
「分かってるよ」
「その前に一太郎に水を用意してやってくれ」
 そういうと、和三郎は直俊君の手を引いて、便所と納屋のある方から裏庭に回って馬を繫いだ。
 納屋の方から回ったのには理由がある。玄関からいきなり大川端のある裏庭を回ってくると、そこには深い穴が掘られているのだ。
 深さは二尺(約六十センチメートル)ほどだが、縦横に五間(約九メートル)ほども掘られているので、それなりに効果はあると踏んでいる。
 そこも昨日、大工たちが塀をこさえている間に、広島藩の吉井、それに水ノ助と漁師の仙蔵が頑張って掘ったものだ。仙蔵は二分金一枚でよく働いてくれた。
 その穴の上には薄い板と藁を被せてあるので、簡単にはそこが落とし穴になっているとは気づかれないはずである。
 まして夜ともなれば、敵を討つには絶好の堀ともなる。
 落とし穴に落ちた敵の姿を目立たせるために、かがり火の用意が二つ、穴の端に立ててある。中には種油をたっぷり染み込ませた薪(まき)を入れてある。
 和三郎は注意深く裏庭を回り、自分の部屋になっている部屋の前に立った。部屋に侵入した者の形跡はないようだった。雨戸は開けっ放しで、笑い声はその隣の部屋から聞こえてくる。
 和三郎は汚れた草鞋を脱ぎ捨て、廊下に上がった。直俊君は和三郎の着物を摑んでいる。直俊君の草履は途中で脱ぎ捨てられて、今は白い足袋(たび)だけをつけている。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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