よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「卯之助、ちょっときてくれ」
 そういうと、和三郎は隣の部屋との襖(ふすま)を開けた。療養している間は自分の部屋として使っていた小部屋である。そこに荷物が置いてある。まず新しい草鞋が必要だった。それから小判を入れてある硯箱(すずりばこ)を開いて中を探った。
「この十両は今夜のお礼だ。花火を作ってくれたのとは別ものだ。すぐに屋根に登って待機していてくれるか。助手が必要なら水ノ助を送る」
 卯之助はありがたそうに押し頂いた。玉屋が潰されて以来、花火職人は苦労をしている。
「いえ、素人がいてはかえって足手まといです。わっし一人でやります。合図はありますか」
「おれが、やれと吠(ほ)える。なにすぐ下の玄関前におるから聞こえるはずだ」
「それじゃ、あっしはお先に」
 卯之助はそういって頭を下げると玄関に急いだ。玄関脇から梯子で花火台まで上るのである。
 和三郎は新しい草鞋を持って、竜馬たちのいる部屋に戻った。
「おい、やつらがここへ来るのか。どうしてここを知っておるんじゃ」
 九十九長太夫は先ほど人を一人斬ったばかりである。状況は察している。一気に酔いが覚めたようだ。
「なんじゃ、敵の襲撃に遭うとは何のことじゃ。おんし、まだ刺客に狙われちゅうがか」
 竜馬は吞気(のんき)に酒を茶碗(ちゃわん)に注(つ)いで飲んでいる。右手にしているのは雀を焼いたものらしい。それをうまそうにしゃぶりながら上機嫌でいった。
「いや、刺客とは違う。襲ってくるのは土屋家の家来どもだ」
「お家騒動か。じゃがなんで、おんしごときがそんな騒動に巻き込まれるんじゃ」
「話せば長い。おぬしと浜松で別れたあとも散々な目に遭ってな。忍者と隠密(おんみつ)との戦いに巻き込まれたこともある」
 そう答えていると、竜馬は初めて障子の陰に童(わっぱ)がいるのに気づいたようだった。
「おい、そのガキはなんでよ」
「直俊君や。土屋家ご世継ぎの直俊君や」
「なにい? 土屋家の世継ぎじゃと? こがな小汚い小屋になんでそがな偉い人が来るんじゃ。そもそもおんしは冷や飯食いの三男坊やろうが、どいてこうなるがじゃ」
 竜馬はさすがに目を丸くしている。直俊君の威厳が傍若無人な竜馬を人並みの侍にさせている。
「ともかく説明はあとじゃ。襲ってくるのは、土屋家の用人にそそのかされた家臣の連中だ。二十人くらいはいるだろう。実はそいつらとは戦いたくない。同じ土屋家の家来だからな。しかし、その中には金で仕事を請け負った浪人も混じっておるだろう。その場合は斬り合いになる。おれは直俊君を護る」
 和三郎は草鞋を履いてしっかりと紐(ひも)で締めた。
「たった三人でか。それはちくと太い話ぜよ」
 竜馬はそういって顎を撫でている。満更でもない表情だ。
「なあに、おれたち三人で二十人を相手にするつもりはない。戦わずして勝つという手もある」
 和三郎は敵を同士討ちさせる計略を練っている。
「ま、待て。儂はそんな話は聞いとらんぞ。三十両やるというから請け負ったが、二十人を相手にするなんて聞いとらんぞ」
 九十九はさすがに泡(あわく)喰っている。
「なあに、おぬしは三人ばかり斬ってくれればよい」
「さ、さん人……」
「そうだ。竜馬は四人だ。報酬は、そのうちボチボチ払う」
「わしは金などいらん。ま、四両もあればよい」
 和三郎は即座に巾着から四枚の小判を取り出して竜馬に与えた。浜松では同じ金額を竜馬からもらったことがある。
「おぬしはどうするんじゃ?」
「おれは、まあ、その時の状況次第だ。なんせ刀に血糊(ちのり)がべったりついておるからな。敵の刀を奪って奮闘せねばならん。そうだ、九十九氏、おぬしはこれを受け取ってくれ」
 和三郎は懐から二十五両の包金(つつみがね)と小判で五枚を取り出して、九十九の鼻先に突きつけた。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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