よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 仙蔵がよたよたと部屋を出て行くと、竜馬は和三郎に視線を向けてきた。
「で、岡殿よ、まずどうする」
「まず直俊君がきゃつらに一席ぶちかます。なあにやつらの本当の狙いは四千両を取り返すことじゃ。危なくなったらこっちは逃げ出すまでだ」
 和三郎はそういいながら廊下に出て、血脂のついた刃(やいば)を酒で洗い流した。
(これは使い物にならない)
 突くだけならなんとかなるが、斬るとなるとなまくらになる。
 和三郎は部屋から木刀を取り出した。この方が同じ土屋家の家来を殺さなくてすむと思った。
「よ、四千両を取り返すだと。それはどういう意味だ」
 逃げ腰になりながら九十九は荒い息を吐いている。目に剣吞(けんのん)な輝きが増してきた。どうもこの男は小判の話になると蛮勇を振るう傾向があるらしい、と和三郎は思った。
「中屋敷にあった四千両をおれがかっぱらってやったのだ。土屋家を我が物にするための軍資金だ。田川がそれを取り返そうと、家来をあおったのだ」
「かっぱらった? おぬし一人でか」
「そうだ。ではいくぞ。まず、おれと直俊君が家来どもを説得する。その後はおのおの方よ、しっかりやってくれ」
 和三郎は直俊君を再び肩に担いで玄関に行った。
「来た」
 水ノ助が暗がりから出てきてそういった。
「よし、水ノ助、おまえは仙蔵と例の綱を引っ張るのだ。合図は……ない」
「ない。うらに任せるということか」
「そうだ。仙蔵はどこだ」
「もう川側に行っているじゃ」
 水ノ助はそういうと野原の方に走って姿を消した。
「おい一太郎」
 和三郎は野犬を呼んだ。暗い中で跳躍するものがあり、野犬の姿が月光の中で翻った。
 絵になるな、と和三郎は思った。
「一太郎、おまえはこの中にいて直俊君を護るのだ。玄関の外に出るではないぞ」
 和三郎は直俊君を肩に抱えて外に出た。

 静かに迫ってくる気配が、暗がりに潜んだ藪(やぶ)の下方から這い上がってきた。
 和三郎はヘソ下三寸に胆力を溜(た)めて待った。竜馬が傍にきた。九十九長太夫も木立の背後に隠れて、刀を抜いた。度胸を決めた素浪人の殺気は本人にも気づかないすさまじいものがある。
 大砲を囲んだ広島藩の三人の侍は腰を落としてじっと闇の向こうを見つめている。
 迫ってくる気配が確実なものに変わった。刀を抜いた侍軍団が黒い霧のようにうねって近づいてくる。
 敵の数は思っていた以上に多い。三十名近くはいるようだった。
 馬に乗った田川源三郎が、黒い影を引き連れて門を取り囲んでくる様子が、墨絵のように浮き彫りにされてきた。
「それ以上、近づくな。どでかいのを一発お見舞いするぞ」
 和三郎は直俊君を肩に抱いたまま叫んだ。
 すると一頭の馬が、軍団の中から首を大きく振って現れてきた。
「この御金蔵破りめ。おとなしく奪った金を返せ」
 およそ二十五間(約四十六メートル)向こうの暗闇から、掠(かす)れ声を鼓舞して田川は叫んだ。散々に痛めつけた体は簡単には元には戻らない。それでも家来を集めてここを襲ってくるとは大した執念だった。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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