よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 もっとも、それは、和三郎の計略通りだった。田川組の中にも忠直様に忠義を感じている者がいるはずだ。その味方と敵を選別するのが目的でもあった。
「田川さんよ、あの金がここにあると思っているのか。そう信じているとしたら、あんたは相当の間抜けだ」
「だ、黙れ、冷や飯食いの三男坊め。さあ、おのおの方、この盗人(ぬすっと)を成敗して下され。金は家のどこかに隠してある。褒美は望み通りじゃあ」
 虚勢を張って田川は鞭(むち)を振り回してわめいた。
 そのとき和三郎のすぐ傍で銃声が鳴った。その弾(たま)が田川の烏帽子(えぼし)頭巾を撃ち抜いたらしく、田川は悲鳴をあげて落馬した。銃声にびっくりしたのは和三郎も同じだった。
 見ると玄関脇に出てきた竜馬が、短筒を片手に握って次の標的に向かって構えている。
 一体いつの間にそんな物を用意していたのかと和三郎は驚いた。
(そうか。秘密兵器といっていたのはこのことだったのか。油断のならないやつだ)
 同時に、竜馬が狙って田川の頭巾を撃ったのならば大した腕前だが、そんなわけはあるまい、と和三郎は思った。
「品川(しながわ)におったときに器用なやつがおってな、儂のために造ってくれたのじゃ。しかし所詮は火縄じゃ。儂は天にまたたく星を狙ったんじゃが、あの男が転げ落ちおった」
 暗がりの中で竜馬の白い前歯が光った。機転の利く男だ。こういう男が味方につくと頼もしい。
 田川を振り落とした馬がこちらに駆けてきた。その馬を暗がりから走り出た者が押さえた。
「どうどう」
 といって口輪を取ったのは意外にも吉井だった。やるな、広島藩と和三郎は喝采をあげた。
 田川の軍勢が浮足だった。そこへ、和三郎がもう一声かけた。
「目付が来るぞ」
 どよめきが湧き起こった。
「そうなれば土屋家は改易(かいえき)になる。おぬしらは浪人だ。そうなる前にこのお方の申すことをよく聞くのだ」
 大きな月が出ていた。和三郎のそばには竜馬と今は観念した九十九長太夫と、屋根には花火師、馬の手綱を持った吉井、そして一太郎がいる。なんだか、桃太郎になったような気分だった。
「主君忠直様の御嫡子、直俊君だ」
 和三郎は肩に担いだ直俊君をさらに上空に突き上げた。おお、というどよめきがあがったが、今度のどよめきには尊敬と畏怖が含まれていた。自分たちはとんでもないお方を襲おうとしていたのだ、と初めて気づいた者がいたのだろう。
「さ、直俊君。家来どもにいっておやりなさい」
 そう和三郎がいったのは、ここに来る途中の馬上で、何度も直俊君にいってきかせたことを復唱することである。
「家臣同士、諍(いさか)いはやめよ。この者たちはわらわの命を護ってくれているのじゃ。無用な戦さはやめよ。田川も手を引くのじゃ」
 三十名以上はいると思われる侍の間に動揺が起きた。互いに顔を見合わせて、何事か囁き合う様子が和三郎にも見えた。
「だまらっしゃい。何が直俊君じゃ」
 田川が体を斜めに傾けて一人の武士の肩に手をかけて起き上がろうとした。
「みなの者、最前申したであろう。この直俊君というのは影武者じゃ。お家の乗っ取りを企む者たちに担がれた影武者なのじゃ。このわっぱは小姓組四十石、内海(うつみ)金蔵(きんぞう)の三男坊じゃ。直俊君などではない。かまわぬからこのわっぱも一緒に斬ってしまえ」
 田川が形相を鬼に変えてそう喚いた。数名の者が刀を抜いた。
 和三郎はいったん直俊君を玄関の床に置いて、前に踏み出した。
「来る者は来い。容赦なく斬るぞ。たとえ土屋家の家来といえども、お家騒動を起こし、世継ぎである直俊君を亡き者にしようと策略を練る前藩主、忠国様に与(くみ)する者は誰であろうと叩っ斬る。おれは岡和三郎じゃ」
「おう、儂もやっちゃるぜ。儂は坂本竜馬じゃ。卑怯(ひきょう)者(もの)を成敗するのが儂の役目じゃ」
 竜馬は不敵な笑みを浮かべている。尖った頰骨に月の光があたり、それが青光りしている。まるで鮫(さめ)の目が頰に貼りついたようだった。
「九十九、九十九長太夫だ。義によって助太刀(すけだち)致す」
 九十九も居直ったのか、背筋をまっすぐに伸ばして言い放った。危なくなったら逃げ出すまでだと言った言葉が、案外九十九を勇気づけているのかもしれなかった。
「四千両などここにはない。みんな為替にして忠直様に送ったのだ。それでも戦さを挑むやつは来い。その裏切り者をあぶり出すことが我らの目的なのじゃ」
 和三郎がそう怒鳴ると目の前の集団が二つに分かれた。一軍団が刃を振りかざして突進してくる様子が窺えた。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

Back number