よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi


「水ノ助、仙蔵、綱を引け!」
 そう叫ぶと、それまで土の上に倒されていた壁が起き上がって横に大きく広がった。
 勢いよく突進しようとした十数名ほどの侍が、その壁に行く手を阻まれて何事か喚き声をあげた。
 だが、田川に与する者や、金で雇われた浪人どもに刃向かおうとする土屋家の家臣はいない。その気持ちがあっても、実戦慣れしていない彼らはこわくて手が出せないでいるのだ。
 同士討ちをさせる、という当初の計略が断ち切られたことになる。
 それは和三郎の誤算だった。
(三十対四、ワン公一匹ではさすがにつらい)
 敵前逃亡が頭に浮かんだ。そうするべきか、と考えたとき、敵陣の剣の上に黄色い光を降り注いでいた月光が、不意に雲に隠れた。あたりは闇になった。
「卯之助、花火だ」
「へい」
 と屋根から返事があった。
「シューン」と闇を切り裂く峻烈(しゅんれつ)な音が響き渡った。
 黒雲をあざ笑うかのような、華やかな花火が上がった。
 遥(はる)か彼方(かなた)に飛んでいく音が長く響いて、夜空に弾(はじ)けた。
 二十五間離れたところで、夜空を見上げている者たちの姿が明るくなった。一塊になっている浪人軍団のいびつな顔面が鮮明に目に映った。土屋家の家臣は律儀に袴をつけているのでそれと分かる。
(いまだ)
 和三郎は、さっそく平山行蔵の著作を手本にして作った、歯輪(しりん)式発火装置の大砲に被せてあった筵(むしろ)を取り払った。穴の空いた胸の痛みを抑えて制作した涙の傑作である。
 素早く発火装置に点火する用意をしだすと、その手を止めた者がある。広島藩の香山という砲術家だった。
「それは使えません。不良品です。私が火薬を抜きました。もしあのまま発火していたら暴発します」
「えっ?」
「ここは我らにお任せ下さい。申し合わせ通り、大川に向かって打ちます」
 すると佃島(つくだじま)まで到達するかもしれない。
「佃島があります」
「大丈夫。そこまで届きません」
 もう一人の菅平の説明では、雷粉を管に入れて発火させる雷粉銃を改良したものであるという。雷粉は本来の三分目にしてある。
 それは、和三郎大砲が日の目を見ることなく、終焉(しゅうえん)することを意味していた。
(大川平兵衛から粉砕された肩の激痛をこらえて、苦心惨憺(さんたん)して作ったうらの四匁大砲は、水泡に帰した。さみしい)
 三人の動作は早かった。もう発火の用意がしてあったとみえて、導火線に火を落とすといきなり轟音(ごうおん)が鳴り響いた。
 それに合わせるようにして、二発目の花火が上がった。
 大川にしぶきが上がったとみえて、田川派の軍勢の中には腰を抜かす者や、四つん這いになって逃げ出す者も出てきた。
 その連中を打ち倒す侍もいる。逃げるな、と鼓舞しているのだ。その軍団の一部の侍が、塀を打ち倒し、乗り越えてこちらに剣を振りかざして向かってきた。田川に与する逆臣どもだ。本気で直俊君の命を狙い、御用金を奪い返そうとする命知らずで無能な輩(やから)どもだ。
 最初に迎え撃ったのは、意外にも先ほど綱を引いたはずの水ノ助だった。だが先頭を切った侍と二、三合剣を交わすと、あえなく倒された。その姿が雑草の中に沈むのを和三郎は見た。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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