よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「よし」
 和三郎は木刀を持って走り出した。横でどしどしという足音がするので見ると、竜馬が総髪を逆立てて走っている。その竜馬を追い抜いていったのは一匹の犬だった。
「わっ!」
 刃を振りかざしていた侍が、そう喚いて横転した。一太郎が侍の太腿(ふともも)を食いちぎったのだ。
 起き上がった侍は今度は犬に向けて剣を突き出した。その切っ先が一太郎に届く一寸手前で、和三郎の木刀が間に合った。侍の刀を払うと、返す勢いで侍の側面を斬った。頭蓋骨が折れるいやな音がした。
 すかさず藪の中から三人の侍が現れ、問答無用と一斉に打ち込んできた。三人を相手にした場合、一人一人と対峙(たいじ)していては不利に働くことが多い。必ず背後に回った者に神経がいく。
 和三郎は相手の影の動きを一瞬のうちに飲み込んだ。一合も剣を交えることなく、三人の脳天と頭の側面、それに下半身の急所を下から巻き上げた。
 いずれも土屋家の家臣だった。
 一刀流には「払捨刀(ほっしゃとう)」という秘伝がある。数名の武士が相手のときに使う技で、武田道場の黎明館(れいめいかん)では、円陣を組んだ十数名の者を相手に稽古をさせられた。
「上手」と武田甚介(じんすけ)師匠からいわれたのは師範の大石小十郎と師範代の原口耕治郎、それに岡和三郎の三人だった。
 特に和三郎は「真の左足」から繰り出す足技を褒められた。すなわち、左足を軸に回転し、体を沈めて相手の脛(すね)を斬り、次に上体を起こすと、すかさず別の相手の右小手を払うことに優れていた。これには屈伸展開の俊敏さが要求された。
 三人の次に、抜き身を振りかぶって現れた四人に対しても、和三郎は臆することなく木刀で立ち向かっていった。
 まず「木刀とはちょこざいな」と叫んで、最初に意気込んで上段に振りかぶった侍の左小手を打った。傍目(はため)には、影が触れただけのように思えるが、受けた者の痛みは半端ではなく、大抵の者は絶叫をあげる。
 その体格のよい侍は刀を落とし、左手首を押さえてのたうち回った。手首の甲に罅(ひび)が入り、数本の細かい骨は折れたはずだ。
 再び花火が打ち上げられた。
 前で刀を構える三人の表情がよく見えた。どこからか人声がするのは、花火に驚いた漁民やその家族が遠巻きにして集まりだしたからだろう。
 和三郎は正面ではなく、右側にいる侍に向かって右足を差し出し、左腕を垂直に立てた。そのまま間合いを素早く詰め、鍔元まで押し込めとばかり、気迫を込めて喉を突いた。
「ガハッ」
 背後にすっ飛んだ侍はそれきり藪の中に落ちた。
 そのときには和三郎の木刀は正面にいた侍の右手首を叩き、上体を崩した相手の脳天を打ち砕いていた。三人目の侍を落としたのも瞬時のことで、二人目の侍の脳を打つと同時に体を沈め、返す刀で相手の脇の下から顎にかけて斬りあげていたのである。
 そのとき、迫っていた相手の陣営が緩んだ。和三郎に横を向く余裕が生まれた。
 浪人二人を相手に竜馬が戦っている。
 いずれも手練れの浪人だった。
「卯之助、もう花火は打つな」
 和三郎は十五間向こうの家の屋根に向かってそう叫んだ。逆臣が誰か判明した今では、多勢を相手にするには闇の方が有利に働く。
 和三郎は竜馬が向かい合っている浪人の脇に回った。一人が和三郎を目玉をぐりっと回して見つめた。
 そのとき竜馬が動いた。突いてきた浪人の切っ先をかわすと、後ろに引かずに反対に相手の胸を突き刺した。血しぶきが上がると、もう一人の浪人が刀を捨てて逃げ出した。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

Back number