よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第一章 迎  撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「いいぞ、竜馬」
「おう。敵は逃げ腰じゃ」
 だが、そうではなかった。目前に、仁王立ちになって待ち構えている六尺(約百八十センチメートル)もある侍が出現した。槍(やり)を振り上げるなり、あたり構わず盛り上がった肩と両腕の筋肉を使って振ってくる。三国志の時代、巨禍錘(きよかすい)という恐るべき武具を振り回したと伝説にある、許褚(きょちょ)を思わせる武将のような侍である。
「竜馬、手を出すな。おぬしはあっちの浪人を頼む」
「分かった。臆するなよ。そいつは虚勢を張っておるだけぜよ」
 そういうなり、竜馬は直俊君のいる家に向かって攻め込む浪人たちに向かっていく。
 闇が幸いした。敵には和三郎の動きがよく分からないため、やたらに槍をブンブンと振っているのだ。
(こんな阿呆(あほう)はまともに相手にできん)
 和三郎は足元で気絶している侍の刀を取って、大男に向かって放り投げた。
 その刃が槍の穂先に当たった。音が弾けたときには和三郎の体は相手の脇の下に潜り込んでいた。すかさず足さばきが出た。敵の右肩を押し、木刀を首筋に押し当てると、敵の脛を右足で引っ掛けた。大木が真後ろに倒れた。すかさず倒れた敵の喉を木刀の柄の底で力の限り打ち付けた。
 戦国の世なら侍大将ともいえる巨大な男は、喉仏を砕かれて絶命したのだろう。激しく血を吐いて体を揺すると、不意に動かなくなった。この化け物を生かしておいたら、後々忠直公のためにはならないととっさに判断して処置したのである。
 振り返ると直俊君のいる家の前では、数名の浪人が刃を振り上げて奇声をあげている。背後に回った竜馬が一人で奮戦している。
 門の前で家を護っているのは九十九長太夫と広島藩の三人だ。しかし、浪人は破れかぶれで突入の構えを見せている。とっさに和三郎は戻りかけた。だが背後から二人の侍に攻め立てられて、動きが止まってしまった。それでも家の方に目を向けた。
 竜馬は一人の浪人の刃と合わせると、そのまま押し倒してその胸を突き刺した。そのとき足元が揺らいだ。そこへ新たに痩せた浪人が竜馬に襲いかかった。
 だが体勢を崩しかけた竜馬は、そこで踏ん張った。片膝をついて、上から潰しにかかった浪人の腹を横転しながら見事に斬った。千葉道場に入門したての門弟とは思えない、命知らずの重い剣さばきだった。
 和三郎の前に立ちふさがった敵は土屋家の家来だった。憐憫(れんびん)の情を持って敵と向かい合う余裕は和三郎には失(う)せていた。直俊君が危ないのである。
 ここは問答無用とばかり、攻めてきた土屋家の侍二人を真っ向から突き立て、一人の喉を潰し、もうひとりのあばら骨を数本粉砕した。
 振り返って家の方を見ると、浪人が矢に撃たれてのけぞるところだった。目を転じると、屋根の上、花火師の卯之助の隣にいる男が弓矢を構えている。
(吉井さんだ)
 足軽の吉井が、剣を大上段に構えた浪人に向けて弓を射った。その矢が浪人の胸を貫いた。勢いを得た九十九長太夫が何事か吠えた。すると気合に気圧(けお)された数名の浪人があわてて逃げ出した。
 その浪人どもの行く手を塞いだ武士の一群があった。
「ここは我ら広島藩の屋敷だ。貴様らは放火するつもりだな。そこへなおれ、逃げる者は斬り殺す」
 そう大声で怒鳴る声に聞き覚えがあった。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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