よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第二章 ひとときの反撃

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 戦いの翌朝、和三郎は医師石井峯庵(いしいほうあん)の手当を受けた後、深い眠りについた。砕かれた右腕には添え木が当てられ、麻酔が薄れると激痛に襲われた。
 その度にうねに痛み止めの薬を与えられ、再び眠りに落ちた。
 九十九長太夫がみなに、今夜、土屋家に雇われた刺客どもが暗躍するとでも演説をぶったのだろう。たまげて早々に逃げ出す、と誰もが思うだろうが、生死を切り抜けた僚友はそうではなかった。
 逆に剛勇を搔(か)き立てられたようで、まずは敵情を探りに四散したという。坂本竜馬や瀬良(せら)水ノ助、それにいまや同志となった吉井、それに三十両で雇われた九十九長太夫もすぐには逃亡せずに、あちこち嗅ぎまわって情報集めに奔走したようだ。
 水ノ助は本来は家老の姿さえ拝むことのできない身分であったが、早朝から昌平橋(しようへいばし)を渡って江戸藩邸に出向き、隠密裏(おんみつり)に家老の黒田甚之助と面会することに成功した。
 そこで番頭(ばんがしら)の中越呉一郎が中心となって刺客を雇い、家老の命を狙っていることを伝えた。
 家老の黒田甚之助は、すでに身辺を家臣十数名に護衛をさせ、いつでも刺客どもを迎え撃つ準備ができていると答えたという。
「岡は如何(いかが)しておる?」
 と尋ねられた水ノ助は、正直に昨夜田川源三郎の一味から襲撃を受けたことを伝え、
「岡様が突然現れた練兵館の斎藤歓之助と果たし合いをしました。傷は負いましたが幸い勝利を収めましたことで、練兵館の門弟はみな身を引きました。黒幕の一人であった田川源三郎は、斎藤歓之助様に打ち据えられて絶命しました」
 そう丁寧に答えると黒田は大層驚いたという。
「一体何人で田川らを迎え撃ったのじゃ」
 と訊(き)かれて、
「こちらは岡様と千葉道場の坂本竜馬、それに浪人者一人と広島藩の足軽、それにうらだけでございます」
 とあっさりと答えたが、それだけでは十分ではないと思い直し、
「あとは花火師、それに漁師が一人。それから広島藩からは砲術家が二名加勢してくれまして、大川に大砲の弾(たま)を一発打ち込みました。相手陣営の隊士は腰を抜かしたようですじゃ」
 と答えた。
 黒田は、
「大砲……」
 と呟(つぶや)いたまま、呆然(ぼうぜん)としてどう反応したらよいのか分からずにいたようだったという。
 そういう事柄は、水ノ助から二日後に聞いたのだが、ことに感謝したのは、敵側の情報集めには、広島藩の倉前秀之進や逸見弥平次らも協力してくれたと聞かされたときだ。
 家老の今中大学らの藩政に異論を唱え、改革を主張、実行している彼らもまた、身に迫る危険の渦中にあるはずなのに、その友情はありがたかった。
 幸いのことに、九十九長太夫が懸念した、土屋家番頭が陣頭指揮を執る刺客どもによる襲撃は起こらず、みなはひとまず和三郎の眠る家に戻り、一太郎を玄関番にして一夜を明かしたという。
 直俊君は朝早いうちから広島藩の砲術組らに警護されて、ひとまず下屋敷に戻ったという。その後、下屋敷にいては危険であるので、寺に移ろうという話を下屋敷にいた土屋家の者が相談していたという。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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