よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 当然、ふたりの直俊君がいては、敵側にとってはわずらわしいことであり、騒動の元になりかねない。今までここにいる直俊君が生きながらえることができたのは、向こうに人手が足りなかったことと、影武者など放っておけばよいと見下していたからだ。
(もっとも、うらも合わせた殺しの報酬が一両とあっては、刺客のなり手もいないだろう)
 それでも和三郎殺しに加担する者がいた。番頭が浪人たちを刺客に仕立てようとした夜のことである。その者たちを和三郎は九十九の助けを借りて斬ってしまっている。
 そいつらは、西本願寺門前の茶屋「よしみ屋」で、喧嘩(けんか)を装って和三郎を匕首(あいくち)で刺してきた連中でもあった。そのときも三人ほどには致命傷を与えたが、まだ残党がいて、しぶとく和三郎殺しを狙っていたのである。
「上の者は、いよいよ決戦を迎えるようじゃ。人集めに忙しい」
 最初にそう連絡してきたのは瀬良水ノ助である。一昨日の朝のことである。和三郎は江戸見物の翌日で、体の節々が痛んでいた。体はまだ完全には戻りきっていなかったのである。
 中間(ちゅうげん)として上屋敷に入っている水ノ助は、陰謀組の動静を日夜窺(うかが)っているが、なにせ中間部屋は塵箱(ちりばこ)同然に扱われていて、屋敷の片隅に置かれている。なかなか上層部の動きまでははっきりとつかめない。
「黒田甚之助様は大した人や。命が狙われてるかもしれんのに、いつも泰然としとる。陰謀組の指揮を執っとるのは松井重房じゃな。いかにも偉そうにしとる。わしらなんか虫けら以下やと思うとる」
 憤懣(ふんまん)やるかたないという口調で水ノ助はいった。色々と屋敷には仕事があるようで、道場にいたのは一刻(いっこく)(約十四分)ほどだった。その水ノ助が最後にいった言葉が気になった。
「謀反を起こす資金が集まったようじゃ。はっきりとは分からんが、ほんな余裕があるんじゃ。番頭の中越と中老の辻伝士郎ちゅうやつが、料亭に浪人どもを集めとるようじゃ。留守居の白井貞清は耄碌(もうろく)しおってまるであかんのじゃが、番頭やその下にいる連中がこのところ妙に焦って人集めをしちょる」
 その水ノ助の証言を裏付けたのは浪人の九十九長太夫である。
「ここを探すのに随分手間取ったぞ」
 そういって一昨日の夕暮れ、九十九はのっそりと道場に入ってきた。
「おお、江戸に戻っておったのか。妻子の元に帰られたのだと思っていたぞ」
 和三郎がそういうと九十九は細い頰に皺(しわ)を走らせた。ニヤリとしたのである。
「戻った。おぬしに頂いた三十両で妻子は生き返ることができた。礼をいう」
 そういうと九十九は頭(こうべ)を垂れた。
「いや、こちらこそ九十九殿には助けられた。大変な討手(うちて)を相手になんとかしのげたのは九十九殿のおかげだ」
 いやいや、と九十九は頭を搔(か)いた。単なる照れ隠しかと思って見ていると、九十九は本格的に髷(まげ)を搔いているので、和三郎は笑いを抑えるのに苦労した。
「おぬしは何も聞かなかったのでおれも何もいわなかったのだが、実はおれは仇(かたき)持ちでな」
 そうだったのか、と和三郎は思った。浪人になるからにはそれぞれ事情がある。
「おれは岡部(おかべ)藩安部(あべ)家で徒士頭(かちがしら)をしておった。知っておるか安部信発(のぶおき)を」
 和三郎は首を横に振った。九十九は苦笑した。
「わずか二万石じゃ。安部家は文武振興のため江戸にも学習塾と武芸道場を持っていた。だがあまり振るわないので新たに剣術指南役を設けることになった。それに選ばれたのがおれだった。だが、もっと若い者の方が適任だろうという声が出て、おれは訳が分からんうちにはずされることになった」
「うん」
 大体の察しはついたが、和三郎はそういって頷いた。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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