よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「納得いかなかったおれは加倉井繁吉(かくらいしげきち)というその者と、木刀で立ち合うことを要望した。立ち会い人もたてた。その試合でおれは相手の腕と腰を打った。それが元で加倉井は歩けぬ体になって、その半年後に自刃した」
「それでおぬしを仇と狙う者が出てきたというわけですか」
「そういうことになる。加倉井には弟が三人おってな、そいつらが仇討ちを申し出た。藩ではあれは正当な果たし合いであるとして訴えを却下したが、連中はあきらめなかった。おれは役目を解かれ、それで安部家を辞した。脱藩ではない。自ら浪人となったのだ。妻と子は妻の故郷である宇都宮(うつのみや)に行ったが、生活は困窮するばかりでな、それでおれは江戸で日雇いの剣術遣いになったというわけじゃ」
「仇討ちは済んだのですか」
 九十九はそこでも苦笑いをした。
「いや。いざとなると、連中は怖気(おじけ)付いてな。助太刀を申し出る者も出てこなかったそうじゃ。おれはいつでも仇討ちに応じるというておるのに、やつらは名乗りでてはこない。いままではな」
 そこまで話してから九十九は急に話題を変えた。
「おれにはまだ殺し屋として使い道があるらしい。先日、以前行った口入れ屋に顔を出したら、後ろから追いかけてくる者がいる。闇の仕事の斡旋(あっせん)屋だ。こいつは土屋家の刺客の仕事を持ってきたやつでな、今度こそ手伝ってくれというのだ。それで料亭に呼ばれて行ってみた」
 そこで和三郎の頭の中で、水ノ助が朝言っていたこととつながった。
「堀家にいる直俊という子供と、それを護衛する者を一網打尽にするという話だった。今度は前金で十両出すと言いおった。そこにはすでに隠密(おんみつ)というか、忍者崩れを住み込ませているということだった」
「その襲撃の決行日はいつだ」
「それはまだ聞いていない。おれが決心しかねていたからな。そこでもうひとり、菊川町の土屋家下屋敷にいるワッパを拉致するという話があった。これは近々らしく、どうも明日か明後日には決行するという感じであった。それでおれはあの直俊君だなと察しがついた」
 そう九十九が語ったのが一昨日だから、決行日は今夜あたりとなる。丁度間に合った感じである。決行日が昨日で、すでにそこに直俊君はいないとなると、連中の今後の作戦も変更せざるをえない。
(今夜であれば、こちらから待ち伏せできる)
 九十九長太夫は、今夜の襲撃に加わるならさらに三両出そうと料亭にきた番頭の手下から誘われたが、これも保留したという。一応金額が折り合わないと保留の理由をいったが、相手は憎らしげに睨(にら)みつけてきただけで、その後すぐに席を立ったという。
「その番頭の手下というのが、あの晩我々浪人に刺客相手のことをくっ喋(ちゃべ)っておった、小男の鼻の曲がった男だ」
 大川平兵衛が口にしたことのある、取次役の根津(ねづ)だなと和三郎は思った。
「よく知らせてくれた。ありがたい、これは礼金だ」
 和三郎は一分金を四枚出した。それで一両になる。しかし、九十九は受け取らなかった。その後、少しだけ酒を飲んで帰って行ったが、どこに住まいしているのかは依然口にしなかった。
 今夜、敵の襲撃を待ち伏せることは九十九にはそれとなく話したが、あえて和三郎は仲間に加われとは誘わなかった。九十九の妻子のことを考えたのである。多勢に無勢、まともに衝突しては命がなくなる。
 和三郎は菊川町の下屋敷に行く準備をしだした。竹の胴着もあったが、それを付けずに、買いだめをしておいたさらしを二重に固く巻いた。巻き終わったとき、水ノ助が現れた。
「行くぞ」
 覚悟を決めているようにも見えた水ノ助だったが、妙に不敵な笑い方をした。
「鉄砲を手にいれたで、うらはこれを使うぞ、ええか」
「味方を撃つなよ」
 昨今は鉄砲を手に入れることはそうむつかしいことではない。ただし、金はそれ相応にかかる。水ノ助は屋敷の武具蔵にでも忍び込んで盗んできたのだろう。
 出るときうねが晩飯の用意ができたと知らせにきた。
「二階で直俊君がやすんでおられる。ときどき見てやってくれんか。うらたちは下屋敷を襲ってくるやつらを迎え撃つんじゃ。できれば土佐藩の中屋敷に誰かをやって、竜馬に助太刀を頼みたいとうらがいっておったと伝えてくれ。ではな」
 裏に回って一太郎の首の縄を解いた。一太郎は和三郎の雰囲気から、決闘に出向く武士の臭いを嗅ぎ取ったようで、見上げた目に金色の鋭く光る輝きが走った。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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