よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 沼澤は呆然(ぼうぜん)として玄関の外に広がる暗闇を見ている。
「内紛がいよいよ勃発したのではないですか」
 和三郎がそういうと、背後に佇む小野田と平田が口々にわめいた。
「内紛だと」
「では、ここが襲撃される恐れがあるといっていたのは、どういうことなのだ。襲撃してくるのは、中屋敷の連中だというのか」
 そこで沈黙が訪れた。いや、と口にしたのは、沼澤である。
「上屋敷には前藩主忠国様のご嫡子、国松君がおられる。奥方もご一緒だ。上屋敷を牛耳る者と、中屋敷の家臣を配下に持つお方とは、別の相対する勢力なのかもしれん。よいか、よく考えろ、中屋敷を預かる差配は田川源三郎と深水吉蔵助と相次いで殺された。今度頭取についたのは、榊原邦彦(さかきばらくにひこ)殿だ」
「そのお方は謀反組の人なのですか」
 小野田が震える声で聞いた。震えているのは武者震いではなく、単にこわいからである。
「それは儂にも分からん。だがご家老の黒田甚之助殿と親しいと耳にしたことがある」
 ほう、といったのは和三郎である。
「家老の黒田殿は、国許のお年寄り田村半左衛門殿とつながっている。すると藩主側ということになる」
 和三郎はそう自分でいいながら、首を傾(かし)げた。この話の展開は何かがおかしいと思った。自分で争いを起こそうとしていながら、双方の立場が紛糾の様相を呈してきたと思った。だが、それが具体的に何なのか判然としない。
 小野田が沼澤に問い質(ただ)した。
「すると岡殿を襲った一味は、直俊君を守る側にあるということか。では何故、榊原殿は直俊君を拉致したのだ。辻褄(つじつま)が合わないではないか」
 小野田は満更阿呆ではないらしい。
 確かにそういう疑問はわく。和三郎の言葉を信じれば、直俊君を守る側の榊原一党が、世嗣(せいし)をさらっていくのはおかしい。
 榊原が下屋敷にいる直俊君は本物の世嗣ではなく、影武者に過ぎないと分かっていたら、その拉致行動はなおさら辻褄が合わなくなる。
 彼らにとっては、影武者の命などどうなってもいいはずなのだ。死んでこその影武者なのである。
(この場はともかく早く納めなくてはならんな。論議をしている場合ではないのだ)
 和三郎の胸に焦りが浮いた。沼澤は小野田と平田を見つめていった。
「それが内紛だ。中屋敷に巣食う勢力は、直俊君を拉致して国松君と対峙(たいじ)させるつもりなのかもしれん。つまり土屋家はどちらの若君の後ろ盾になるかで、真っ二つに分かれているということだ。岡、そうなのだな」
 沼澤は尖(とが)った目で和三郎を睨んだ。
「恐らく、沼澤氏の言われた通りでしょう。しかし、上屋敷の忠国様側の逆臣どもは、直俊君が拉致されたことなど、知る由もありません。連れ去られたのは、ほんの今しがたです」
 和三郎はつくり話を本当のように思わせることに必死だった。
「そうであったな。しかしおぬしほどの腕前の者を、簡単に打ち破るほどの手練(てだ)れの者が中屋敷にいたとは思えんがの」
「中屋敷には練兵館の鬼歓の弟子も多くいますからな。あれほど多数の者にいっぺんに攻め込まれたら、降参するほかありません。それより、上屋敷にいる逆臣どもは、かねてからの計画通り、直俊君を亡き者にせんと、ここを襲撃してくるに違いありません。すぐに襲撃に備える必要がありましょう」
「ここにいる我らだけで戦うというのか」
 小野田が震える声でいった。
「それが使命です」
「冗談じゃないぞ、わずか四人の男で戦うというのか」
「外にふたり、味方する者が控えております」
「それでもたった六人ではないか!」
「犬が一匹います」
 だめだア、と小野田はわめいて髷を搔きむしった。
「おれは逃げる。逃げるぞ。わずか五両の扶持で命を投げ出せるか」
 そういうなり、小野田は門に向かって駆け出した。小野田の絶叫が聞こえたのは、恐らく門を出る手前のことだろう。大勢の足音がする。廊下に佇む三人の女が奥に駆け込もうとした。
「待て。奥には行くな」
 そう和三郎はいった。沙那が足をとめて振り返った。その瞳が潤んでいる。
「沙那さん、落ち着くのだ。奥に入っては危険だ」
 そういうと沙那は玄関の土間に降りて和三郎に寄り添った。お富と亀も式台に降りてきた。沙那は小刀を持っているはずだった。だが、和三郎は何もいえずにいた。
(本当にやってきやがった)
 和三郎は自分の予想が当たったことに、戸惑いをもっていた。これからどうしたらいいのか、と本気で心配したからである。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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