よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi



「来たぞ。襲撃だ」
 沼澤はそういうと、刀を抜いて庭に飛び出した。腕のほどは分からないが、案外忠義に厚い武士だと和三郎は感じ入った。
 だが、その沼澤を抜いて、大手を振って駆けて行ったのはお蓮だった。
「待ってえ! 待って下さい! 加藤(かとう)さーん、待ってえ! 直俊君はここにはおりませーん。つい先ほど、中屋敷の侍どもに拉致されましたあ! ここにはおりませーん」
 お蓮の叫び声が静かな夜空にこだました。そのこだまに覆いかぶさるように、ギヤーッとわめくお蓮の悲鳴が聞こえた。
 斬られた、と和三郎は思った。
(敵方に内通していたのはお蓮だったのか)
 意外の念に打たれた。
 だがすぐに残った三人の女に視線を向けた。
「早く、あの茂みに逃げ込め」
 お富はそれを聞くと、亀と沙那を伴って敷居から足袋(たび)のまま下に降りた。庭の奥には鬱蒼(うっそう)と茂った林が続いている。闇そのものだった。そちらに向かって三人は走り込んだ。
「一太郎、ついて行け」
 和三郎の真意を嗅ぎ取ったのか、一太郎は女たちを追い抜いて先頭を切ると、下屋敷に広がる木立の中に溶け込んでいった。
 それを見届けた和三郎は、
「沼澤さん、戻れ!」
 と叫んだ。沼澤の姿はすでに門のあたりにある。その姿もすでに闇に染まっている。
「とにかくここに潜れ」
 和三郎は九十九と平田を縁の下に押し込んだ。自らは梯子(はしご)を使い、外壁を伝って瓦屋根によじ登った。
 そのとき銃声が鳴った。今度は門の方から野太いわめき声があがった。
 縁の下から銃口が覗(のぞ)いている。煙が銃口から立ち上っている。水ノ助が狙って撃ったとは思えなかったが、襲撃方の誰かにたまたま銃弾は当たったらしい。
「沼澤さん、無事か」
 屋根からそう叫んだ。
「おう、無事じゃ」
 意外に近いところから返事が聞こえた。沼澤は屋敷と門の間あたりに潜んでいるようだった。門までは走ることができなかったらしい。
「パーン」
 銃声が縁下から再び鳴った。
 わめき声と共に、大勢の足音が遠ざかっていく。
 異変を感じ取った番場町の住民や近くの旗本屋敷から人が出てきた。和三郎は屋根の上で身じろぎもせず、門の外に視線をあてていた。目を凝らすと人影がひとつ、月のない夜の中に湧き出てきた。
「おーい、撃つな。儂じゃ。竜馬じゃ。坂本竜馬じゃ。撃つなよ」
「おお、竜馬か」
 和三郎は屋根から庭に飛び降りた。そしてまだ床下で鉄砲を構えている水ノ助に「もう出てきて大丈夫だ」といった。
「連中はお蓮の言葉を信じたようだ。直俊君は中屋敷の侍どもに拉致されたと信じ込んでおる。今度は中屋敷に向かったようだ」
 そう説明している傍らで、九十九が水ノ助をこづいている。
「うう、耳が痛い。こやついきなりぶっ放しおって、鼓膜が破れたかと思ったぞ」
 縁の下から這(は)い出てきた九十九長太夫が、耳の穴に指を突っ込んで呻(うめ)いている。着物がどれだけ汚れているのか分からなかったが、九十九は一生懸命裾を叩(はた)いている。
「耳が痛いところを悪いが、おぬし蠣殻町の中屋敷に急いで行ってくれんか」
「中屋敷にか。さてはおぬし、おれに賊どもの助太刀をせよという腹じゃな」
「その腹じゃ」

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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