よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 そこへ竜馬がやってきた。
「鉄砲を用意してあったとはなかなかやるな。ここに攻め入ろうとしていた賊は蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていったぞ」
 なんだか愉快なものを見たという様子で竜馬はいった。気宇壮大な男である。
「何人ほどいたか分かるか」
「二十名くらいか。ひとりここの侍が斬られているが大した傷ではない。門番がのびておったな」
(二十人か)
 直俊君ひとりを討つのには、多すぎる人数である。かつて番頭の中越呉一郎は、手下の根津を通して、下屋敷を攻めるのは四、五名もいれば十分ということを、集まってきた浪人どもに告げたはずである。
「賊どもは、どこかを目指して駆け出していった様子はなかったか」
「あった。蠣殻町だと頭領みたいな武士がいっておった。多分、殺された女が叫んだのが聞こえたのだろう。それで襲撃の矛先を変えたのかもしれんな。浪人者も混じっておった」
「女は殺されたのか」
「首を斬られておった。お蓮とか申したな。あの女が裏切ったのか」
 竜馬は淡々といった。沼澤が門の手前で、うつぶせに倒れている女を抱きかかえていた。沼澤は泣いていた。
「おぬしが、おぬしが、つまらん作戦を弄したためにお蓮は殺されてしまった。貴様のせいだ」
 暗い中で、沼澤の目が銀色に光って和三郎を睨みつけていた。
「お蓮が小姓組の者と内通しているのではないかと、儂も疑っていた。だが、直俊君をお護りする気持ちは本物だった。おぬしの作戦を耳にした翌日でも、直俊君が堀家下屋敷に移るということは、相手に知らせてはいなかった。お蓮だってここにいるよりその方が安全だと思っておったからだ」
 沼澤はお蓮の亡骸(なきがら)を抱えて立ち上がった。
「今夜、突然直俊君が堀家を追い出され、ここの門前で拉致されたと聞いて逆上したのだろう。それだけのことだ。お蓮さんに通じていた小姓組の者が、襲撃の一味に加わっているからではない。魔が差したのだ」
 沼澤はいったんお蓮の屍体(したい)を下に置き、手を合わせた。呟(つぶや)きが低く庭を這った。
「貴様が間諜をあぶりだそうと奇妙な行動をとったために、お蓮さんは殺されてしまったのだ。おれは貴様を恨む。もう、これ以上、貴様の指図は受けん。だがその前に……」
 沼澤の腰から鍔元(つばもと)が切られる音がした。それに反応した和三郎の体は意図しないうちに動き、相手の手の上を押さえた。刀を抜けなくなった沼澤の体は強張(こわば)り、力まかせに腕を動かそうとした。和三郎はその脇の下に上体を入れて体を前に倒した。
 沼澤の体は宙に舞い、自らの重みで落下した。後頭部を打った沼澤は意識を失って首を横に倒した。
「沼澤さん、あんたのいう通りだ。全てはうらのせいじゃ。すまんことをした。お蓮さんには可哀想(かわいそう)なことをした」
 和三郎はお蓮の体を抱きかかえると、屋敷の一室に寝かした。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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