よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 和三郎は庭に戻ると、下屋敷の奥の林に向かって草笛を吹いた。一太郎が先頭を切って飛び出してきた。沙那がそれに続いて出てきた。
 三人の女がそろうまで、和三郎はそこで待った。
「襲撃してきた者たちはどうされました?」
 息急き切ってお富が聞いた。
「直俊君は中屋敷の侍どもに拉致されたと思い込んで、今度はそちらに向かった」
「その者たちは、前藩主の忠国様の命を受けて、直俊君を拉致しにきたと、岡殿は申されるのですか」
「そうです。味方であれば、若君を拉致などせん」
「忠義をわきまえない忠国派の逆臣どもが、病気で臥(ふ)せっておられる忠直様の隙を狙って、世嗣を誘拐したと申されるのか」
 お富の糾弾は鋭かった。
「いや、誘拐ではない。忠国派の狙いは直俊君を抹殺することだ」
「では、中屋敷にいる者どもの狙いは命を奪うことではなく、直俊君をさらうことだと岡殿はいわれるのか」
「そうじゃ。抹殺と拉致では狙いが全然違う」
「わたしどもには理解できぬことばかりじゃ」
 お富は豊かな体を持て余すように、乳房を押さえている。下屋敷にいる女中では何も見えていないのも無理はない。
「それで、岡殿はどちら側の味方なのですか」
「どちらでもない。うらは直俊君の味方だ」
 しばらく沈黙が流れた。
 岡様、と声を出したのは沙那である。
「わたくしたちは何をすればよいのでしょう。お家騒動の戦さなど望んではおりません。何をすればいいのかお教え下さい」
「お蓮さんが斬られた。首を斬られた。回向(えこう)してあげてほしい」
 三人の目は一室で横になっているお蓮の屍体に向けられた。顔に白い布が被(かぶ)せられている。
「お蓮さん」
 お富と亀が汚れた足袋を履いたまま部屋に上がり、横になっているお蓮の傍に膝をついた。すすり泣く声が漏れた。沙那は和三郎を振り返ってから、少し遅れて部屋に上がった。
 和三郎は竜馬に顔を向けた。
「竜馬、頼みがある。道々話す」
 そういうと、まだ残っていた平田に後の始末を頼んだ。
「平田さん。直俊君は無事だ。うらが預かっておる。あとでみなに心配するなと伝えてくれ」
「わ、わ、わかった」
 一部始終を真近で見ていた平田は、体を震わせてなんとか返事をした。
 和三郎は竜馬と九十九を伴って川沿いに出ると、急ぎ足で南に向かった。水ノ助と一太郎がついてきた。
「竜馬は九十九氏と一緒に中屋敷に行ってくれ。九十九氏は、番頭の手下の根津という鼻の曲がった男から刺客を頼まれていた。遅れて参上したという顔で、連中の仲間に紛れ込んでくれ」
 うむ、と竜馬は唸った。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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