よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「ほれはえいけんど、中屋敷の武士どもと斬り合いになったらどいたらええろうか。儂は九十九氏と一緒に、ほの逆臣どもの味方をしたらええんかよ」
「いや、見物しておればよい。どうせ、中屋敷側では、いきなり土屋家の襲撃を受けて面食らうことだろうからな」
「うん? いきなりか? 面食らうとはどういうことぜよ。中屋敷の武士が直俊君を拉致しようとして、まず下屋敷に襲いかかってきたのじゃなかったがかよ」
「それはうらのホラじゃ。菊川町を実際に襲ってきたのは、先代の忠国側の謀反組だけや。中屋敷の侍たちは何も知らん。連中にしてみても、忠国側についてる者がほとんどやろう。つまり味方同士のふたつの組織を戦わしぇて、逆臣どもを少しでも葬り去ろうとしたのじゃ」
 暗闇の中で、竜馬が小さな目玉を思い切り大きく開くのが察知できた。
「岡、おんし、相当な玉じゃのう」
「こんなときに金玉のことなど口にするな」
「ほ、ほんなこととちがうきに。玉ちゅうのは、玉ちゅうのは……いかんちや」
 がっくりと竜馬は首を落とした。
 和三郎は竜馬の反応を確かめてから、改めて口を開いた。
「うらが知りたいのは、なんで番頭の中越呉一郎らはいきなり直俊君を殺そうとしたのか。今まではほったらかしやったのに、急に目の色を変えて襲うてきた。ほの理由が知りたいのじゃ」
「それに中屋敷側はどう応えるのかちゅうことやな」
 竜馬はすでに全てを見通している。九十九氏は、そういうことになっておったのか、と横で唸っている。
「つまり、中屋敷の連中は、何ちゃあ知らんで襲撃を受けるちゅうことか」
「そう、何も知らん。ほやさけー賊の一派が誰の指図で行動を起こしたのか、それは何の為(ため)なのか、中屋敷の者は考える暇もなかろうがな。せやけー、中屋敷を預かる榊原邦彦は相当あわてるやろう。こいつは先手物頭(さきてものがしら)で、上層部の動きは何事も精通してると思うてたはずやでな」
「そういうことか。無茶しよるやつじゃ。それはそうと肝心の直俊君はどこにおるがじゃ」
「八丁堀の中村一心斎道場じゃ。今頃は広島藩の家臣に守られてお休みになっているはずじゃ」
 一行は新大橋を渡り、南に向かった。
「そうだ、水ノ助」
「なんや」
 暗がりからぬっと水ノ助のこんにゃく面が伸び上がってきた。
「おまえなら盗人(ぬすつと)の二、三人は存じておろう」
「盗人? 存じているわけねーやろ」
「では、鳶(とび)でもいい。中屋敷の屋根に登って、どんな具合に戦(たたこ)うとったか、戦況をあとで報告してくれるように伝えとくんね。水ノ助は床下に潜り込んでたらよい。これは鳶への礼金や」
 和三郎は小銭入れから二分金二枚を取り出して、水ノ助に差し出した。
「ほんなことなら、いそがのうてはならんな」
 水ノ助はすぐに夜の中に姿を消した。酒飲み仲間に連絡を取る気なのだろう。
 次に財布を取り出すと、和三郎は小判で十五枚を数えて九十九長太夫に手渡した。
「よいのか。戦さとなれば、おれは逃げるぞ」
「その方がよい」
「儂には助(すけ)っ人(と)代はないのか」
 竜馬がきいた。
「おぬしには千葉道場の佐那さんがおる」
 ふざけていったつもりだったが、意外にも竜馬にはこたえたようで、息を詰めて沈黙した。
 小橋を渡り、土屋家の屋敷が見えるところまで近づいた。
 蠣殻町の番小屋の前には二人の中間が出てきて、土屋家の中屋敷の方を眺めている。中から息を殺した怒声と、刃物がぶつかりあう不気味な気配が漂ってくる。
 九十九と竜馬がそちらに向かって走っていく。追おうとした一太郎を制して、和三郎は来た道を戻った。和三郎には直俊君を護るという使命がある。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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