よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi



「凄惨な戦いだった」
 中村一心斎道場の隣にある居酒屋に、和三郎は九十九長太夫と坂本竜馬と一緒にいる。部屋は二階に一室だけある六畳間の個室で、三人の話し声は外には漏れていない。
「儂らは刺客どもを指図する、鼻の曲がった小男の命ずるまま最初は動いた」
「そいつは番頭の中越呉一郎の配下で、根津という取次をしている者だ」
 和三郎はそういって九十九の目の奥を探った。瞳孔が微かに震えている。
「儂らのほかの刺客どもはみな黒装束で覆面をしておった。土屋家の家臣が、その黒装束の中に混じっておったのかどうかまでは窺い知れなかった」
 九十九は茶碗(ちゃわん)に二合徳利(どっくり)から酒を直接注(つ)いだ。
 竜馬は肴(さかな)の干し魚を食いながら、これも茶碗酒を飲んでいる。店の小女(こおんな)に二合徳利を三本と肴を頼んでから部屋には入ってこないようにいいつけてあるので、盗み聞きをされる心配はない。
「刺客は確かに腕はたった。けんど、中屋敷におった侍も豪剣の持ち主がそろっちょった。おんしがいいよったように、練兵館の弟子らあが中屋敷側には七、八名もおった。不意討ちを喰(く)ろうたのに、刺客どもに臆せず向かっていきおった。あちこちで血しぶきがあがってな、こりゃとても刺客どもの味方するどころではないと思った」
「そうか、じゃが、無事で戻れて何よりや」
「いや、実際はあやうく殺(や)られるところじゃった」
 竜馬がポツリといった。九十九と違って竜馬は興奮を抑えているふうではなかったが、戦いの場面を思い出しているのか、いつもの豪快さが影を潜めている。
「あやつらは本気で斬り合うとった。和三郎がいうような味方同士の馴(な)れ合いなど全然ない。敵同士の戦いであった。顔面を割られて死ぬやつもおった。二人の黒装束の刺客が、袴(はかま)をつけた三人の武士から首と胸を刺されて絶命しよった。まるで関ヶ原(せきがはら)を実地に見とるようじゃった。こっちは陰に身を潜めてただじっとしよったんじゃ」
 竜馬の言葉には和三郎が予期していなかった戦さの残酷さが伝わって来る。九十九は煤(すす)けた襖(ふすま)の一点に目をこらして呟いた。
「根津というのか、あの戦いを指図していたやつも槍(やり)で突かれて絶命した」
 九十九が茫然(ぼうぜん)といった。
「なに、根津が殺られたというのか」
「そうじゃ。儂も見た。広い屋敷の中をあちこち探し回っておった。じゃが、そいつが殺られると、黒装束の者たちは逃げるように退却した。もともと金で雇われた連中がほとんどであろうからな、最後まで付き合う義理はないやろう」
 竜馬はぐびりと酒を飲むと、ホッと息をついた。
「それで直俊君は無事でおるのか」
「何も知らんと眠っておられる。おもんさんとうねがそばについていてくれておる」
 階下の道場と寝床には、今夜は広島藩の若い侍が十二名眠っている。それに、町家の中村道場に土屋家の若君がいるとは誰もが思いもよらないことだろう。たとえ、その方が本物の直俊君の影武者であろうと、和三郎が命を懸けて護ることには変わりがない。
「もし敵側に直俊君の居場所が露見したとしても、うらがそばに付いておるのはかえって危険じゃと思うてな。うらは今度こそ囮(おとり)になって敵を寄せ付けるつもりじゃ」
 そうか、と九十九が頷いた。
「だが、おれにはどうしても分からんことがあるな。敵のその前領主についておる重臣どもは、おぬしが匿っておる若君が替え玉であることは当然知っておるのだろう。では何故あれほどまでの戦さを仕掛けてまで、影武者を奪おうとするのだ。それが分からん」
 九十九の疑問は、和三郎がずっと不可解に思っていることでもあった。
 三人は腕を組んで黙考することになった。
「あのう……」
 そう遠慮がちにいって、襖を少しだけ開けたのはこの店の小女である。
「水ノ助という方が見えましたけど、こちらに案内していいんだか。岡さんが待っているはずだといっているだが」
「岡は私だ。その男をここに案内してくれ」

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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