よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 すると小女に代わって水ノ助が姿を現した。長い顎がすぐに酒の臭いを嗅ぎつけて左右に揺れた。おかしな顔の動きをする男である。
「まあ、飲めや」
 竜馬が空いている茶碗を差し出して酒を注いだ。半分ほど飲んだところで、水ノ助はほっとした様子で和三郎に顔を向けた。その反応を和三郎はじっと我慢して待っていたのである。
「鳶の職人は見つかったか」
「見つかっただ。こいつはさっそく蠣殻町の土屋家中屋敷の屋根に取り付いて、黒装束の賊どもと侍の斬り合いを眺めていたそうや。殺られた黒装束は八名、残りの十名のほとんどが傷を負うたといっとった。林の中に隠れていた侍もふたりおったそうや」
 九十九は咳払(せきばら)いをし、竜馬は、
「よう見ておったな。感心なやつじゃ」
 と持ち上げた。
「中屋敷の武士は寝込みを襲われたのにもかかわらず、よう奮戦したとかで、まるで赤穂(あこう)浪士を迎える吉良側の武士を見るようじゃったと興奮してただ。ただ、四人は殺られ、残りの十名ほども傷がひどうて、いずれ三、四人は死ぐやろうちゅうておった」
 水ノ助は茶碗に残っていた半分の酒を飲み干した。
「この次郎吉(じろきち)には状況を話していないので、どうしてこんな争いがあったのか何もわかっちょらんが、どうもヘンなことを言うておった」
「どうヘンなのじゃ」
「襲ってきた黒装束の頭領みたいな小男は、しきりに直俊君はどこだと探しておったようじゃが、迎え撃つ方では、奥方を守れというようなことを怒鳴っておったそうじゃ」
 九十九と竜馬は互いの顔を見合わせてから、和三郎に視線を向けた。和三郎は腕組みを解いて水ノ助に聞いた。
「その次郎吉という鳶の正体は盗賊ではないのか」
 水ノ助は頭を搔いた。
「さすが岡和三郎様じゃ。何もかもお見通しじゃな」
「話を聞きたい。明日にでもここに呼べるか」
「表に立たしぇてあるんや。座ると犬が唸り声をたてるでおっかないといっとった」
 一太郎だな、と思った。一太郎には道場を守らせておいたのだが、いつの間にか居酒屋に移動してきたものとみえる。一太郎は助っ人代として一銭も要求しないので、和三郎は猪肉(ししにく)を食わせるようにしていた。山クジラというやつだ。それを食い出してから一太郎はますます筋肉がついてきた。
 水ノ助と一緒に入ってきたのは、痩せた貧相な小男だった。鳶をしているというのは本当で、小遣い稼ぎに月に一、二度、旗本の屋敷に忍び込むのだという。
「狙いは旗本屋敷か、それはなぜだ」
 そう聞いたのは九十九である。九十九の本懐は大身の旗本の指南役になることにある。
「旗本が一番狙いやすいんで。守りが雑というか、手薄なんだよ。無役の八百石なんてあたりが金も不自由してねえし、用人もボンクラだからすぐ忍びこめるし、金蔵なんかすぐ開く。百両くらい盗んでもてんで気づかねえ」
「大名はどうじゃ?」
 と九十九が聞いた。次郎吉は頭を横に振った。
「大名はダメだね。どこも財政がガタガタだ。札差(ふださし)に大金を借りていて、蔵にあるのは借用証書だけだ。小判なんかおいてねえ。それから越後屋(えちごや)みてえな大商人の店には大金が唸っているが、絶対に忍び込んではいけねえとこだ。商家は戸締りが厳重だから危ねえ。蔵の前に用心棒を置いているところもあるんだ。やっぱ、旗本だね」
「おい、いいのかそんなことを我らの前で喋(しゃべ)って」
 九十九は剣吞な目つきになっている。
「だって、おいらが盗人だってことはもうバレていると、水ノ助の旦那がいっていたからさ。それにおいらにはあんたらが大盗賊の臭いがするからよ。ご同業だ」

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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