よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 和三郎は空になっている茶碗に酒を注いで、次郎吉に差し出した。水ノ助が物欲しそうにしているので、下から徳利に酒を入れてもらってもってこいというと、小躍りして飛び出していった。
「ところで、次郎吉がヘンなことをいっていたと水ノ助から聞いたが、それはどういうことだ」
「だから、黒装束の頭領が直俊君を探せと叫んでいたんすよ。それで賊の一味はあちこちの部屋を探し回っていやしたが、結局、守っている側に斬られちまった。その守っている側は、直俊という名を一切口にしなかったすよ。いや、ひとり偉そうな武士がその名前を出したが、それは戦いがすんでからだ。あれは一体なんの争いなんで?」
「お家騒動だ」
「はあ、お家騒動? そんなふうには見えなかったすね。なんせ黒装束と武士との斬り合いだったですからね。お家騒動っていったら、国許と江戸藩邸がもめているということではないんですかい」
 町の者がよく知っているなと和三郎は感心した。どうやらお家騒動は江戸では珍しい出来事ではないらしい。
「そうじゃ。だが、国許の争いが江戸で起こっている」
 そこへ水ノ助が二合徳利を四本抱きかかえて戻ってきた。早いのうといったのは竜馬である。さっそく自分の茶碗に注いでいる。
「直俊君といわれるお方は土屋家の嫡子で、つぎの領主となられるお方だ。この方を黒装束の賊どもは探して捕らえるつもりでおったのじゃ」
「そうか。でもよ、守っていた侍さんたちは、嘉子様を守れといっていたぜ」
「そこだ。中屋敷側の者は、直俊君がそこにはいないことは分かっている。だから賊の目的は奥方を拉致することだと思い込んで戦ったのだ。嘉子様とは中屋敷におられる現土屋家藩主の奥方のことだ」
「へえ、そうなんで」
「ありていにいうと、前の藩主が自分の息子を世嗣にしようと企(たくら)んでいるということなのだ。そのためにはまず、今の藩主の嫡男を亡き者にする必要がある。藩の乗っ取りを仕掛けた前領主と、それに抗(あらが)う二つの勢力がある。それで互いの家来どもが入り乱れて戦っておるというわけじゃ」
 酒を飲んでいた水ノ助がむせた。
「岡様、次郎吉みたいな盗人にそこまでいうことはないでしょう」
「いや、次郎吉だって、何も分からないまま、探索方の務めをするのは納得いかんだろう」
「探索方? ですか?」
「うん。次郎吉が最前言いかけた、中屋敷にいた偉そうなやつが、戦さの最後に直俊君の名を口にした、というのはどういうことだ」
 次郎吉は頭をかかえた。えーと、何だっけと呟いて口をひん曲げている。貧相なひょっとこという感じがした。
「たしか、直俊君は出雲守の屋敷に匿われておるといっていたな。あ、思い出した。そいつは榊原様と呼ばれていたよ」
 榊原邦彦だ、と和三郎はすぐに察しがついた。家老の黒田甚之助は忠直様の忠実な配下だ。榊原は黒田甚之助の指図に従う下僕でもある。三本の糸が繫(つな)がっているということは、本物の直俊君が堀唯之介に守られていることはみな知っている。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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