よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

(しかし、何かが変だ。どこかで食い違っている)
 和三郎は次郎吉に手をついた。
「探索方というのは、次郎吉に堀出雲守の上屋敷の様子を探って欲しいということだ」
 そういってから財布を重々しく取り出した。
「先ほど、次郎吉は月に一回、百両ほどの小遣い稼ぎをしておるといっていたな」
 和三郎の目は上目遣いになっている。いやしい目つきをしているだろうと自分でも想像がついた。
「ついては、その駄賃だが……」
「おっと、大名屋敷を探るのだったら、一両じゃダメですぜ。なんせ、吉原でなくても本所の売女(ばいた)相手でも、百両くらいすぐに使っちまいやすからね。ですが、今は手元不如意なんで、五両で取引成就といきやしょう」
 貧相なひょっとこが、急に幇間(ほうかん)みたいになって頰を膨らませてにやけている。
「それに堀出雲守の屋敷でしたら、忍者みたいなことをやっていた元隠密が、中間として雇われているんでさあ。旦那の話を聞いて、多分そいつは前の領主にくっついている悪いやつから指令を受けて、中の様子を探っているんじゃねーかな」
「さすが、盗人同士のつながりはしっかりしているな」
「いや、おれは誰とも組んで仕事はしない方でしてね。そいつは盗人としても出来の悪いやつですから、他の盗賊から嫌われているんですよ」
 次郎吉の話を聞きながら、和三郎は小判と小銭を合わせて五両をそろえた。
 隣にいる九十九が目を剝いた。
「おぬし、剣術修行の身じゃろ。どうしてそんなに銭を持っておるんじゃ」
 元中屋敷の用人、田川源三郎から三百二十両ばかりを掠(かす)め取った分だ、とはさすがにいえず、和三郎はただ頭を搔いていた。そろそろ床山に行かなくてはならんなとも思っていた。



 風雲急を告げるとはこのことだ、と和三郎は思った。堀出雲守の上屋敷に忍び込んでいた次郎吉が、二日後、とんでもない知らせを持って居酒屋に駆け込んできたのである。
 和三郎は道場に入門してきた新しい弟子相手に、稽古をつけているところだった。千葉道場帰りの竜馬が道場見学と称して、丁度顔を出したところだった。
 和三郎は一昨日から道場に寝泊まりしている九十九長太夫と竜馬に、二階にいる直俊君の側(そば)についているように頼んで、居酒屋の二階の部屋に駆け込んだ。次郎吉は待っているのももどかしげに、声を潜めていった。
「直俊という若君は死にかけていますぜ」
「なんじゃと!」
 衝撃を受けた。頭の中が一瞬空っぽになり、次に火花を放ちだした。
(あわてるな和三郎。大きく息を吸え)
 最初の衝撃が収まると、和三郎はゆっくりと頷いた。それから、聞いた。
「今、何といった?」
「若君が死にかけているんですよ。直俊というまだ四、五歳の幼い子です」
「七歳だ」
「七歳? そうは見えなかったな。痩せこけて、骨が細くて、なんだかずっと病気だったような感じだったすよ」
 若君が病弱であることは和三郎も耳にしたことがある。寡黙な小納戸役(こなんどやく)の兄壮之助(そうのすけ)が、随分前にそういうことをふと口にしたことがあった。
 やはり肺に疾病を持つ父、忠直公の血筋を継いでいるだけに、直俊君は生まれついての虚弱児なのかもしれなかった。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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