よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

(直俊君は肺に疾患があり、もしかしたら、今朝を迎える前に亡くなっているかもしれない。国松君は赤ん坊のままだという。陰謀を企てた黒幕の忠国様は自刃する? 国松君が赤ん坊のまま、とはどういうことだ?)
 和三郎は考えた。将棋指しでいうところの長考である。だが、考えることに慣れていない和三郎は、一刻(約十四分)ほどで、思考が乱れた。
「えーい、もう駄目じゃあー」
 和三郎は両腕を上げて絶叫を放った。
 次郎吉はその声にひっくり返った。
「おい、次郎吉。うらに筋違橋門内にある土屋家の上屋敷に忍び込む方法を伝授してくれ。いや、すぐにおまえが連れて行ってくれ。うまくいけば、もう五両だ」
「へえ、ですが、屋敷といっても中は広いですぜ。城外ですから、ただ忍び込むだけだったら何とかなりますが」
「殿はおらん。国許だ。家老の白井貞清か黒田甚之助殿にお会いする。おまえのいったことが本当かどうか確かめる必要がある」
 意気込んでいうと、和三郎は刀を左手に持って立ち上がった。そのときを見計らっていたように、障子が荒々しく開かれた。そこに竜馬が立っていた。
「竜馬、どうした。何かあったのか」
「妖怪が出たぞ」
「なんじゃと?」
「違う違う。儂らを助けてくれたんじゃ」
 そういって竜馬の背後から出てきたのは、倉前秀之進である。逸見弥平次もいる。
「おいおい、やめんか」
 といって階下から上がってきたのは、なんと中村一心斎である。一心斎は一太郎に袴の裾を引っ張られて往生している。その肩に置かれているのは、直俊君である。
「お、直俊君。先生も帰ってこられたんですか。しかし、こ、これは一体どういうことですか」
 突然みなが居酒屋の二階にそろったので、和三郎は混乱していた。なんだか、時代がひっくり返ったような悪い夢でも見ている気がした。
「だめだよ、旦那さん。犬を座敷に入れちゃダメだ」
 太った下女があたふたと階段を上ってきた。たわけ、と怒鳴ったのは逸見である。
「ここにおわしますはただの犬ではない。将軍家のお犬様じゃ。つべこべいわずに、お犬様に食物を持ってこい」
 逸見が怒鳴ると、下女のあとをついて階段の途中まで上ってきた居酒屋の主人が転げ落ちた。
 ますます和三郎はわけが分からなくなった。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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