よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「今しがた、道場が襲われたのじゃよ。いや、岡殿、おぬしらには関係ない。我が浅野家の問題じゃ。今中大学の一派が五人改易(かいえき)になってな、改革が完全に成功したとはまだいえんが、一応最悪のやつらは追放された。その一派の者、十数名が儂らの隠れ家を襲ってきたのじゃ」
「だがな、道場にいる連中はまだ鼻垂れ小僧どもでな。あっという間に逃げてしまいおった。二階にいた浪人が奮戦してくれたが、多勢に無勢、何箇所かに傷を負った。そこへおれらが駆けつけたのだが、死にもの狂いのやつらに手を焼いてな。あやうく斬られるところだった」
 逸見が倉前のあとを引き取っていった。逸見の隣に座った竜馬が頭を搔いて顔を上げた。
「儂は二階でおぬしにいわれた通り直俊君を守っておったのじゃが、どうにも危うくなってな。面目ないが押入れから天井裏に隠れようとしたのじゃ」
 竜馬が顔を潰して呟いた。言葉通り、面目丸つぶれ、という表情をしている。
「そこへふらりと現れたのが、かの中村一心斎殿であった。噂(うわさ)通り実に玄妙な術を使われてな、小刀の木刀一本で瞬く間に十数名を打ち倒されてしまった。いや、恐れ入った。男谷精一郎先生がかなわぬ相手といわれた意味がよく分かった」
 中村一心斎は直俊君を下ろして座ると、
「酒はないのか、喉が渇いた」
 と渋い声でいった。隣り合わせになった竜馬が、
「酒どころか、茶ひとつ出されておらんではないか」
 と偉そうにいう。
 竜馬などどうでもよかったが、一心斎の言葉に和三郎は震え上がった。風雲急を告げるとわめいたことも忘れてしまっていた。
「次郎吉、酒と肴をどんどん持ってこさせろ」
 それを聞くと次郎吉はふっとんで階下にいった。
「浅野家のことはだいたい分かった。で、この子供は何だ。土屋家の若君の様子じゃが。待て、その前にこのワン公を何とかしろ。儂の袴をずっと嚙(か)んでおるんじゃ」
 一心斎の袴を牙を立てて嚙んでいるのは一太郎である。和三郎は神妙に一太郎の頭を叩いた。一太郎の低いうなり声が部屋に響き渡った。一同はじっと犬の様子を窺っている。
「まだ連中がそこいらに隠れているのではないか」
 そう逸見が窓を開けていった。外から雪を含んだ冷たい風が吹き込んでくる。
「いや、誰もおらん。このワン公は興奮が収まらないのだ。儂にご主人をなんとか救ってくれと訴えておるのじゃ」
 一心斎の言葉に耳を傾けた和三郎は、直俊の前に手をついた。
「直俊君、ご無事で何よりでございます」
「岡も達者で何よりじゃ。これからまた戦さに行くのか」
「戦さではござりません。敵のこもる屋敷を探索しに参ります」
「わらわもいくぞ」
「駄目でござる」
 そこだけは厳しく叱った。直俊君はさみしそうに俯いた。
 酒がくると一同は急に元気になった。みなが酒を飲む間、茶だけを飲みながら、和三郎は師の一心斎にかいつまんでこれまで起こったことを説明した。
 最後に土屋家の家老に直接詰問することがある、というと、盃(さかずき)を口の手前で止めて、一心斎は呟いた。
「問い質すのであれば、留守居役がよい。惚(ぼ)けてはいても事実を知っているはずじゃ。他の家老はたとえ味方でも油断はするな。それからな、これは儂の勘じゃが、おぬしは兄の身代わりにされたのではないか。それを仕掛けた人物は、意外なやつかもしれんぞ」
 一心斎はまた謎めいたことをいって酒を飲みながら瞑想(めいそう)に入った。
 隣にいる竜馬は、身振り手振りで「妖怪」といっている。その竜馬を倉前秀之進と逸見弥平次はぼんやり見つめている。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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