よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「まず、忠国殿の反乱じゃ。倅(せがれ)の国松を使って再び土屋家を乗っ取ろうとした。藩政が乱れたのも、かつて忠国殿に仕えていた者どもが江戸と野山で、堂々と謀反ののろしを上げたことで起きたことじゃ」
「そんなに早くから忠国様側は動いていたのですか」
「動いていた。直俊君を護るため、江戸に派遣される剣客がおれば、国許に潜入した幕府の隠密どもと競って殺そうとした。事実、数名が殺された」
 和三郎は頷いた。江戸に小姓組として赴いた、同じ道場の免許皆伝の岩本(いわもと)喜十(きじゆう)が惨殺され、兄弟子の原口耕治郎も刺客から殺された。
 勘定奉行の門前で和三郎がふたりの化け物から襲撃を受けたのも、
(忠国様側の策謀だったのか)
 と、そう思い当たった。
「二つ目のお上の悩みはご自身の体のことだ。幼い頃から肺に疾患があった、いずれ労咳(ろうがい)に冒されるのではないか、と悩んでおられた。さすれば嫡子の直俊君が孤立する。そのとき護ってくれる者といえば、従兄弟(いとこ)であられる堀唯之介殿しかいないと、お上はおっしゃられた」
「それで兄を補佐役にしようとされたのですか。でも堀家の兄より、殿の周囲には白井様はじめ執権を持つご家老、ご重役がおられたではないですか」
「儂はもう年じゃ。それに留守居役といっても単なる留守番ジジイでな。みなから惚け老人と馬鹿にされておる」
 みずから惚け老人と自分を見下げる人は、実は大した人物であることを和三郎は知っている。大物ぶったり、善人ぶる者こそ偽物である。
「私は田村半左衛門殿から命を受けました。武者修行と、江戸の下屋敷におられる直俊君を護衛することです。ですが、その直俊君は身代わりでした。その頃、嫡子の直俊君は、まだ野山領においでになったのですね」
「お上は洪庵塾(こうあんじゅく)の医者を呼ばれたそうじゃ。だが直俊君の虚弱体質は治らぬままじゃった。それで思い切って夏に江戸に出したのじゃ。堀唯之介が付き添ってくれた。おぬしが替え玉というか、囮になって奮戦してくれたおかげでみなは無事に江戸に着くことができた。そのあとのおぬしの奮闘ぶりもよく聞いている」
「田村半左衛門様は、最初から何もかもご存知だったのですね」
 白井の頰が皺で埋まり、灰色の瞳も目の皺に隠れた。
「あたり前じゃ。この作戦をお上に代わって企てたのは、お年寄りの田村殿じゃからな」
「ご子息の田村景政様もご家老で、執権を握っておられます」
 すると白井はあから様に苦い顔をした。
「あやつの脳みそは腐っておる。じゃが保身には長(た)けておる。風見鶏(かざみどり)じゃ。倅を家老にしたのは親馬鹿だからじゃ、と田村殿も悔いておった」
「それでは直俊君のお味方は、江戸には誰もいなかったというわけですか」
「そうじゃ。その上、金もない。みんな松井重房や側用人の井村丈八郎、用人の辻伝士郎らに盗(と)られてしもうた。あ、おぬし、中屋敷から四千両を盗み出したそうだな」
「そうです。盗みというより、中屋敷用人の田川源三郎を脅したのですが」
「あっぱれじゃ。その金はどこに隠してあるのじゃ」
「ひと月前に忠直様宛に為替にしてお送り致しました」
 そう和三郎が答えると、白井はがっくりと首を落とした。
「気が利きすぎたな。その金はもう敵側に渡ってしまっておる。国許の永田紀蔵という家老が、まず為替を取り扱うことになっておる。こやつは忠国側の金庫番じゃ。その下に勘定奉行の森源太夫(もりげんだゆう)がおる」
 やはり、あの勘定奉行は敵方にも通じておったのか、と和三郎は思った。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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