よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「では、忠直様はあの金を受け取りになっておられないのですか」
「金はお上の前を素通りじゃ。中屋敷の蔵にあった金はいわば表に出せない裏の金じゃ。つまり、忠国側にとっては機密費じゃった。それをおぬしは一旦は盗み出しに成功し、次に為替に替えてやつらに返してしまったというわけじゃ」
 白く青ざめる白井を見つめながら、和三郎はほぞを嚙んだ。そこまでは考えが至らなかったのである。
 そのあとで金貸しに預けてある千両のことを思い出した。だが和三郎はここでその秘密を洩(も)らす気はなかった。
 ここへは、決死の覚悟で、事実起こったことを確かめに、乗り込んできたのである。平時であれば、小納戸役の弟が、江戸家老に会えるわけがないのである。
「事実を隠さずにお答え頂きたいと存じます。私の手の者が堀家に忍び込みまして、そこでとんでもないことを耳にして戻ってきました」
「手の者? おぬしは密偵を雇っておるのか」
 どうでもいいことに白井は反応した。
「雇っています。その者が聞いてきたのは……」
「儂にも密偵が必要なのじゃ。そいつを是非貸してもらいたい」
 なんだか白井は必死になっている。皺だらけのしぼんだ指先が和三郎の膝に伸びてきている。
「ことと次第によってはお貸しします。その前にまず確かめたいのは、堀家にいる嫡子の直俊君が危篤だということです。昨晩がヤマだと医者が漏らしていたとも聞いています。事実はどうなのですか」
 和三郎は反対に白井の膝に手を伸ばして詰め寄った。その手を白井の老いた指が摑(つか)んできた。そればかりか、指先を絡めてきた。
 気色悪い、と思った。
「今まで他の重役どもと話し合うていたのは、実はそのことじゃ。直俊君は今朝、お亡くなりになられた」
 動揺を隠さずに和三郎は聞いた。
「それでご重役様たちは、今後どうされるおつもりなのですか」
「どうもこうもない。身代わりになっておる子を嫡子にするしかないであろう。顔つきも全て、若君に似ているお子を選んだのはそのためじゃ。危急の時に備えて、これまで生かしておいたのじゃからな」
「しかし、身代わりといっても、今更、養子にお迎えするわけにはいかないでしょう。土屋家とは何の姻戚関係もないわけですから。幕閣の探索をごまかすことはできません」
 白井は深く頭を振り下ろした。
「分かっておる。じゃから会議が紛糾したのじゃ」

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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