よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi



「幕府には内密にして、死んだ嫡子のすり替えをするちゅうのか」
 竜馬はそういうと低い唸り声をあげた。
「世間的には知られてはおらんが、我が土佐藩の藩主豊信(とよしげ)公は分家からの養子なのじゃ。先代豊惇(とよあつ)様は家督を相続してからわずか十二日目に急死してな、それで重役どもは、先代は病気のため引退した、と偽って、その間に豊信公を養子にしたのじゃ。先代豊惇様の死が公表されたのは、死から五ヶ月後の嘉永二年二月のことや」
「藩主の死を幕府に届け出るのを遅らしぇたわけか。じゃが、ほれは災難ともいうべき出来事で策謀でねえ」
「その通りじゃ。権勢を持っちゅーやつらはどんな汚い手を弄してでも、権力をわがものにする。やけんど、幕閣にはとぼけ通して、替え玉のあの子を嫡子とすり替えてしまうと決めたとは、とんでもない連中じゃな」
「そうだ。とんでもない話じゃ。うらはこれから堀家にいる兄者の一味の助っ人に行かなならん。おぬしにはここに残って直俊君の護衛を頼みたい。九十九氏にも頼んやけど、昨夜の闇討ちで受けた傷がまだ完治しとらん。おぬしが頼りじゃ」
 和三郎は必死で説得した。
「儂なんかより奥にいる妖怪の方が、よっぽど頼りになるじゃろが」
「直俊君は竜馬を頼りにしておる。一心斎先生は別世界のお人なんじゃ」
 そういうと、今度は即座に、分かったと竜馬は頷いた。
「だが、兄者の助っ人に行くとはどういうことじゃ。また戦闘が始まるんか」
「家老の黒田甚之助殿から先ほど使いが来た。兄がうらに助っ人に来いといっとるとな。兄は今夜、土屋家の上屋敷に討ち入りをする気や。忠国側についてた松井家老、側用人の井村丈八郎ら悪党を征伐する気になっとる。つまり、悪党を一掃して、晴れて直俊君の後見人として屋敷に移る計画じゃ」
 竜馬は細い目をさらに細めた。顔中が黒子(ほくろ)だらけになった。
「直俊君の後見人じゃと? おんしの兄は替え玉の直俊君がここにおることを知っちゅーのか」
「知らん。恐らく、直俊君は上屋敷のどこかに匿われておると思っているのや。堀家の者は誰も知らん。それから昨日会うた留守居役の白井ちゅう家老にも伝えてはおらん。水ノ助も密告してはおらんはずじゃ。そのはずじゃ」
「水ノ助か。やけんど、あいつは完全におんしの手下になっとる。中屋敷の者どもに攻め込まれたときも、よう戦いよった。それより、下屋敷の三人がいかんな。家老どもに密告するならあいつらじゃろ」
「そうだな。水ノ助は信じる。じゃが、家老の白井貞清はしきりに密偵を欲しがっておった。うらは知らんぷりしたが、ほの密偵がいつここを探り当てるかも分からん。互いに、替え玉の直俊君を本物にすり替えて実権を握るつもりなのや」
 竜馬は懐に両腕を入れた。今夜は酒は飲んでいない。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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