よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「なるほど。じゃから本物の直俊君が病死するのを見据えて、上屋敷では刺客を雇って蠣殻町の屋敷を襲ってきたのじゃな。替え玉を盗むためにな」
「そうじゃ。あの子には何の罪もない。小姓組に勤める四十石の内海金蔵の三男なんや」
 そういうと竜馬はうんうんと頷いた。和三郎は続けていった。
「夕刻、屋敷で中間として働いておる水ノ助が報告してきたことがある。中屋敷におった侍で元気な者の中でも敵味方に分かれておるらしい。半分の者がどんどん筋違橋門内の屋敷に集まっているそうじゃ。どんどんといっても六、七名ほどじゃ」
「討ち入りをするちゅう、おぬしの兄者の計画が洩れたな。堀家で密告する者があったのやろう」
 和三郎は憂鬱な気分で、そうや、といった。それから財布を出し、それを竜馬に預けた。
「これは世話になったおぬしへのお礼じゃ。二十両ばかり入っておる」
 竜馬は財布を見てから、和三郎を睨みつけてきた。
「おまん、死ぬ気じゃな。いかんちゃ、死んだらいかん」
 そこで和三郎は笑った。
「死にはしぇん。うらにはまだ千両ばっか残してあるんじゃ」
 竜馬はあんぐりと口を開いた。頼んだぞ、といって和三郎は新しい草鞋(わらじ)をつけて土間に降りた。乱戦を予想して、すでに体には何重にもさらしを巻き付けてある。
「待て、和三郎。おんし、木刀で敵の中に入っていくつもりか」
「そうや。一心斎先生の前で真剣など使えんやろ。それも死人から盗んだ刀じゃ」
「待てちゃ、ええカッコしておる場合か。敵は殺し屋集団なんじゃ。殺しても構わんやつらじゃ」
 竜馬は本気で怒り、道場の床板に仁王立ちになって本気で行かせまいとした。
「ええカッコしよるのが越前野山の男じゃ。直俊君を頼む」
 和三郎が外に出ようとすると、ぶつかってきた者がある。匂い袋からかぐわしい香りが漂ってくる。
「沙那さん、どうしてここにいる」
「お止めは致しません。ただ、わたくしはどうしても直俊君をお独りにはできません。ずっと付いておりとうございます」
 暗い中で沙那の美しさがなまめいた。この人が、許嫁(いいなずけ)と呼ばれたことのある女性なのだと思うと、和三郎の胸は異常に高鳴った。
「分かった。じゃが、敵に見つかったら沙那さんも一緒に拉致されるかもしれんぞ」
「その心配はご無用です。敵には見つかりません」
 そういうなり沙那はいつの間に取り出したのか、羽衣のような銀色の絹を夜の中で扇(あお)いだ。すると沙那の姿がその羽衣の中に消えた。
 和三郎は目をぱちくりと瞬(しばたた)いた。
 羽衣がはずされると沙那がそこに佇んでいた。微笑(ほほえ)みが浮いている。
「なんじゃ、今のは」
「隠れ唐衣です。どうぞお気をつけて下さい。差し出がましいのですが、わたくしには江戸の重鎮の人たちも、和三郎様の兄上側のお方々も信用できません。お命を無駄になさいますな」
「分かった」
 待ち伏せに遭った兄を山中で亡くしている妹の言葉は、和三郎の胸にこたえた。
「沼澤さん方も招集されました。もし、敵味方に分かれるようなことがあっても、下屋敷の三人とは刀を合わせないようにして下さいませ」
 沙那が声をひそめていった。瞳に星が浮いている。和三郎がきびすを返すと、和三郎、と背後から竜馬が呼びかけてきた。
「話を聞いちょった。どうも怪しい雲が漂うちょる。今夜は直俊君を土佐藩藩邸の組屋敷にお泊める。沙那さんは直俊君の姉ということにしちょく。その方がよさそうじゃ」
「それは助かる。密告する者はどこにでもおるでな。では頼んだぞ」
 和三郎は夜の中を駆け出した。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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