よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi



 下谷御成街道沿いに建っている堀出雲守の上屋敷の門を叩いた。角に立つ辻番小屋から長棒を持った番人が出てきて、和三郎を尖った目で見つめた。番人を無視して、和三郎はもう一度門脇の小門を叩こうとした。
 その前に小門が開き、中から門番が首を横にして和三郎を見つめた。
「岡和三郎だ」
 一言いった。すると門が開かれ、そこに別の侍が佇んでいて、「岡殿か」と聞いてきた。和三郎は黙って頷(うなず)いた。
「殿がお待ちです。こちらです」
 屋敷にはもう一棟大名屋敷のような大きな建物があって、和三郎はその庭に招き入れられた。庭にはすでに三十名くらいの剣客めいた者が集まっている。中屋敷にいた斎藤道場の者も数名目についた。
 連れてきた侍が「岡和三郎様です」と一言、開け放たれた座敷に向かっていった。廊下の奥の座敷から大きな影が立ち上がってきて、廊下に佇んだ。
「和三郎か。おぬしには儂の影武者になってもらったようじゃの。苦労をかけた。唯之介じゃ」
 大きな影は和三郎に腕を伸ばしてきた。その腕を取ると、和三郎の体はすっと引き上げられた。ふたりは廊下に立ち並んで互いの目の奥を見つめ合った。
「なるほど、大した体だ。儂もでかいがおぬしは体の造りが違う。屋敷に巣食っているなまくらな無駄飯食いどもでは、どうあがいてもおぬしには勝てんな」
「お初にお目にかかります。和三郎にございます」
「母は違うが実の兄弟には違いがない。妹の佳代(かよ)は祖父義崇様の屋敷におるようじゃな」
「はい」
「父上は儂に五千石を継がせて、己は剣術の修行に出られた。江戸に出て道場を持ったこともあるらしい。もう五十の半ばになっているはずだが、消息は途絶えたままだ。何か聞いておるか」
 唯之介の大きな目が、食いついてくるように和三郎を見つめている。
「父のことについては、中村和清という姓名以外ほとんど何も知りません」
 すると唯之介は、ハハと声に出して笑った。
「その中村よ。父上は会ったこともない中村一心斎という剣客に憧れて、勝手に弟子を名乗っていたらしい。それで中村と姓を改めたのだ。中村一心斎は若い頃から剣聖と呼ばれていたそうじゃな。儂は剣術の方はさっぱりでな、その方面のことにはうといのじゃ。今夜はおぬしが頼りじゃ」
「はい」
 和三郎の胸は早鐘を打つように激しく鳴り響いた。
(父も自分も、剣術の師と仰いだお方は同じ方だったのだ)
 唯之介は和三郎の肩に腕を回して、庭に集まった者たちに声をかけた。
「これが岡和三郎だ。儂の実の弟だ。知っている者もおろう。今夜はこの和三郎が味方につく。よいか、まず、土屋家乗っ取りを企てた忠国の家臣団の首を取る。家老の松井重房、側用人の井村丈八郎、用人の辻伝士郎、大目付の原雅之進(はらまさのしん)、番頭の中越呉一郎、この五人は容赦なく斬れ。それで土屋家の逆臣は一掃したも同然だ。それでも歯向かってくる者は斬れ。それから人質になっている直俊君を救い出す。同士討ちをしないために白いたすきをかけろ。まだつけていない者はここに用意がある」
 奥の座敷から出てきたのは武田道場の師範大石小十郎である。その手に白いたすきを持っている。数名の者がそれを取りに来た。
(兄者は、やはり直俊君は松井家老らに捕らえられていると思い込んでいるのだ。嫡子の直俊君が死んだ今となっては、残った直俊君が次の藩主となられるのは、留守居役の白井貞清のいっていたことと同じだ。いや、あの惚け老人こそが、兄上と通じていたもう一方の黒幕だったのだ)
「逆臣の屋敷はそれぞれ分かっておろう。離れず、十名がひと塊になって踏み込め。では、参るぞ」
 兄、唯之介の合図で一同は門を出た。すぐに神田川の流れが大きく耳に入ってきた。ここらはお留川(とめがわ)になっているので、夜釣りで鯉(こい)などを釣る者はいない。漆黒の闇である。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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