よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

 一行は筋違橋を渡らず、その上流にある昌平橋を音もなく渡った。橋の南端で監視していた橋番人は、三十名の剣客たちの行進に肝を冷やして体を丸めて暗がりに潜り込んだ。
 土屋家の屋敷に来ると、待っていたかのように、内側から大門が静かに開かれた。すでに味方の者が潜入していたようだ。
 まず、松井家老の屋敷を先に立った十名がひと塊となって襲った。その合間に側用人の井村丈八郎が斬られた。老人は襲われたときにはすでに呼吸もできないほど怯(おび)えていたという。それでも指図した大石小十郎は情け容赦なく首を落とした。
 用人の辻伝士郎には残った十名の内から五名が最初にかかったが、辻から槍で応戦され手こずった。そこへ井村を抹殺し終えた十名が飛び込んで、辻を囲い込みふたりが左右から飛び込んで腹を斬った。辻は傷を負った状態で庭に引き出された。
 大目付の原雅之進を討つことにはあらかじめ計画があったようで、梯子を持った侍が三方から囲い込みをかけ、そこを左右から槍で突いて絶命させた。見事な連携だった。
 番頭の中越呉一郎は、十名ほどの黒装束の刺客を用意していた。手練れの刺客が相手になったことで、堀側に数名の死傷者が出たようだった。斎藤道場の門弟が刺客相手に奮戦していた。だが、和三郎はよく観察していなかった。
 その間和三郎は、はからずも逆臣にされてしまった、屋敷内の組屋敷に住む土屋家の家来たちを、しきりに説得していた。その中には、下屋敷にいた沼澤たち三人の姿もあった。見つけてきたのは屋敷に中間として働いていた水ノ助である。
 三人は抜刀して和三郎に向かって身構えた。ここは刀を捨てて降参した方がいいと三人に向かって和三郎はいった。
 組屋敷には六十名ほどが住まいしているはずだが、その多くは堀側を逆臣だとみなしていたのである。それも用人らがその考えを植え付けた結果なのである。
(元はといえば、平凡な江戸定府の侍か、田舎(いなか)の純朴な者たちなのだ)
 それでも刀を振りかざして歯向かってくる者たちを、木刀を持って制御した。下屋敷にいた沼澤ら三人をたとえ木刀といえども、打ち倒す気にはなれなかった。彼らだって彼らなりに直俊君を守ってきたのである。
「何をしておる。刀をしまえ。斬られてしまうぞ」
「わたしが密告したのだ。もう、駄目だ」
 片腕にさらしを巻いた小野田豊平が泣きながらわめいた。
「小野田氏か、無事だったのか」
「わたしが直俊君の隠れている場所を、番頭にいってしまったのだ。直俊君が死んだのもわたしのせいだ」
 小野田はへっぴり腰で刀の切っ先を振り回している。
「小野田氏は混乱している。直俊君はふたりいる。堀家にいた直俊君は病気で亡くなったが、おぬしらがお守りしていた直俊君は無事だ」
「だが八丁堀の中村道場に隠れておると吐いてしまった。おれはもうダメだ。殺される」
 竜馬の機転のおかげだ、と和三郎は感謝した。
「生きておられる。刀を捨てて何も知らなかったことにしろ。沼澤殿もここは意地を張らず我慢してくれ。まずは生き延びることだ」
「分かった。あとはまかせる」
 沼澤が刀を置いた。横で震えていた平田伊右衛門も続いて刀身を納めて地面に置いた。小野田が片腕で涙を拭いながら膝をついた。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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