よみもの・連載

和三郎江戸修行 激烈

第四章 激  突

高橋三千綱Michitsuna Takahashi

「岡殿!」
 不意に沼澤の目が吊(つ)り上がった。
 和三郎の背後から殺気が押し寄せてきた。和三郎は振り返ることなく、斜め前方に前転した。背中で夜気を斬る鋭い音が風のように鳴った。
 顔を上げると、大石小十郎が鬼の形相で、上段から刀を振り下ろしてきた。かわすことはできなかった。とっさに木刀で受けたが、硬い栗の木を削って作った木刀が、真ん中で切り落とされた。だが、隙が生じた。それでもう一度、地面を回る時ができた。
 大石の真剣の切っ先は勢い余って地面を打った。小石も当たったとみえて、地面から火花が走った。和三郎は素早く立ち上がると、
「沼澤さん、剣だ」
 と叫んだ。沼澤が剣を投げてよこすと、和三郎の手に届く前に大石の剣が途中でそれを打ち落とした。仕方なく脇差(わきざし)を抜いた。
「直俊は貴様が匿(かくも)うとったのじゃな。今しがた知った。辻伝士郎が吐いた。唯之介君にそれを伝えなんだちゅうことは、貴様は何か企んでおるな。忠国の下僕にでも成り下がったのか」
「直俊君をお家騒動に巻き込ましぇんためには、そうするしかなかったのや。あの子は内海家に返す」
「何を善人ぶっとるのじゃ。今は戦国の世じゃ。ほんな青臭いことが通用すると思うとるのか」
 大石は刀を正眼に構え直して、じわりと間合いに踏み込んできた。その切っ先に大石の意思が伝わる寸前に、和三郎は疾風(はやて)の如(ごと)く飛び込んで脇差で大石の脇の下を斬った。
 大石は体を入れ替えると、八相(はっそう)から和三郎の片脳を狙って振り下ろした。受けるのが間に合わず、腰を落とした。頭のすぐ上をすさまじい剣の唸り音が行きすぎた。
 次に大石は刀を右後ろに引いて、和三郎の顔面を突き刺してきた。和三郎はただ待ってはいなかった。それを見越して脛(すね)をめがけて脇差の切っ先を突き立てていた。切っ先が骨を削った。確かな手応えがあったが、それでも大石は倒れなかった。
 和三郎は再び地面を回転した。そのとき偶然、沼澤の剣に指が触れた。
 回転をしながら起き上がった。大石の金色に燃えた目玉が迫ってきた。和三郎が間合いを測るには体勢が崩れすぎていた。自然に地面を蹴っていた。空中に黒い大きな影が溶け込んだ。和三郎は舞いながら刀の鍔元を切った。
 大石の体が伸び、突きが繰り出されるのを真上から望んでいた。自分が月になったような不思議な心持ちだった。
 降りてきた和三郎の剣は、大石の右目を貫いていた。ぎゃーッと悲鳴があがった。その瞬間、周囲の動きが凍りついた。暗闇が降り注いできたような静寂の中で、和三郎はゆっくりと大石の喉を銀色の剣で貫いた。
 絶命した大石の向こうから兄堀唯之介が近づいてきた。
「戦さは終わった。直俊君のことはもう好きにするがよい。国許の土屋家の当主忠直殿が亡くなった。連絡が来たのは今しがただが、十二日前には肺病で亡くなられていたようだ。土屋家は私が守る。最早信じられるのはおぬしだけだ。ぜひ私の片腕になってほしい」
 そういって兄、堀唯之介は秘密めいた笑みを浮かべた。
(殿が死んだ。直俊君も亡くなった。そして兄者が土屋家の当主になるというのか。そんなことが可能なのか)
 和三郎の心は茫洋(ぼうよう)とした荒野に放り出され、嵐の中で翻弄されていた。

プロフィール

高橋三千綱(たかはし・みちつな) 1948年1月大阪府生まれ。サンフランシスコ州立大学、早稲田大学中退。74年「退屈しのぎ」で第17回群像新人賞、78年「九月の空」で第79回芥川賞を受賞。青春小説や時代小説、またゴルフに関する著作も多数ある。著書に『お江戸の用心棒』『明日のブルドッグ』『空の剣 男谷精一郎の孤独』ほか多数。

既刊紹介

和三郎江戸修行 脱藩

和三郎江戸修行 脱藩 時は幕末。越前野山土屋家中はお家騒動の気配をはらんでいた。小身の家臣の三男坊・岡和三郎は、無駄飯食いの立場だったが、剣の腕には覚えがあった。ある日、藩重役から江戸での剣術修行を命じられる。しかも脱藩して密行せよ、と。大枚の路銀をせしめ、視覚に襲われるも旅立つのだった。修行人宿に泊まりつつ江戸を目指す東海道中、若き剣客を待ち受ける運命やいかに……。傑作時代小説シリーズ幕開き。

和三郎江戸修行 開眼

和三郎江戸修行 開眼 浜松城下で坂本竜馬と別れ、岡和三郎は幕末の東海道を一路、江戸に向かっていた。越前野山藩から命じられた脱藩密行での剣術修行。宇津谷峠の雨宿りで横井小楠と出くわし、酒を呑んではからみ半分のご高説をうかがいながらの道中となってします。若き剣客の心を時にはあたため、時には奮い立たせる出会いは、さらに彼を成長させていくのだった。傑作青春時代シリーズますます熱い第二弾。

和三郎江戸修行 愛憐

和三郎江戸修行 愛憐 四万三千石・土屋家の世嗣である直俊君を密かに護れ。それこそが和三郎に下された真の密命だった。それゆえに江戸でも敵に襲撃され、さらには父の因縁により格上の相手から果たし合いまで挑まれて、半死半生に追いやられてしまう。だが、許嫁の沙那や道中で出会った倉前秀之進、坂本竜馬など味方の存在が和三郎を生かし、剣を磨かせてゆく――。傑作青春時代シリーズ第三弾。

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