連載
「沖縄コンフィデンシャル」
第一章 真実の行方 高嶋哲夫 Tetsuo Takashima

「女の身元は? もう分かってるんだろ」
 ノエルが目で集中治療室を指した。
 反町は窓ガラス越しに覗き込んだ。
「あれは――」
 出かかった言葉を呑み込んだ。
 頭に包帯を巻いた女性が横たわっている。色白で整った顔。美しい女性だった。まるで眠っているように穏やかな表情だ。だが、右目の下と唇の横にできた青あざが異形だった。殴られた痕か。
「儀部優子(ぎぶゆうこ)。知り合いでしょ」
 優子の夫、儀部誠次(せいじ)は沖縄の有力者だ。軍用地の大地主でサトウキビ畑と製糖工場を持っている。何箇所か所有している軍用地の賃料だけで年に億単位の収入がある。
 現在、沖縄県の面積の約一割が米軍基地となっていて、地代は年間約一千億円に達する。軍用地を購入すれば、国との賃貸借契約は最長で二十年続く。地代は毎年一パーセントずつ上昇しており、持っているだけで安定した収入が入り、地価も上がる。管理費も修繕費もいらない。軍用地だという証明書があれば、沖縄の銀行は地代の七割程度はすぐにも融資してくれる。軍用地が金融商品と言われる所以(ゆえん)だ。
「発見者のアメリカ人夫婦は」
「現場で帰ってもらった。話はショッピングセンターの駐車場で聞いた。二人は事件とは関係ない。免税店で買い物をして駐車場に戻ると、女性が強盗に襲われていた。血まみれになってね。男がハンドバッグを取ろうとして顔を殴ったのよ。女性は倒れて車止めに頭をぶつけた。奥さんが悲鳴を上げたので、犯人は逃げていった」
 ノエルが反町に事件のあらましを話した。それに、と言って改めて反町を見た。
「彼女、ハンドバッグに三百万円入りの封筒を入れていた。百万円の束が三つ。帯封に銀行名が入っていない札束」
「赤堀(あかぼり)も呼んだほうがよさそうだ」
「それは待ったほうがいいんじゃないの」
 ノエルの目がエレベーターに向いている。開いたドアから、具志堅が出てきた。
「えい、反町。ちゅーや早かったな」
 具志堅の声が響く。彼の沖縄言葉が違和感なく耳に入るようになったのは、最近になってからだ。ちゅーやは今日は、の意味だ。
 具志堅正治(しょうじ)は五十八歳で反町の相棒だ。沖縄生まれの沖縄育ち。ウチナーンチュを絵に描いたように小柄でずんぐりして、大き目の顔に太い眉がドンとある。一見のんびりした男だが、沖縄古武道の達人だ。警察官になって三十六年のたたき上げの刑事、警部補だ。



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〈プロフィール〉
高嶋哲夫(たかしま・てつお)
1949年岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、大学院修士課程修了。
日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。
79年、原子力学会技術賞を受賞。
94年『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞を受賞。
99年『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。
著書に『M8 エムエイト』『TSUNAMI 津波』『原発クライシス』『首都崩壊』など多数。
※本サイトで連載していた『琉球コンフィデンシャル』は『沖縄コンフィデンシャル 交錯捜査』に改題し、集英社文庫より好評発売中です。本連載は、その続編となります。
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第一章 真実の行方