連載
「沖縄コンフィデンシャル」
第一章 真実の行方 高嶋哲夫 Tetsuo Takashima

 集中治療室の前には那覇署の制服警官と、比嘉と親泊が残っていた。二人とも帰り支度を始めたところだった。
 所轄の事件は、基本的に所轄で捜査される。殺人などの重要事件では合同捜査本部が立ち上がり、県警本部の刑事が中心となって所轄とともに捜査することになる。今回の場合、所轄のみで処理される事件だ。
「引ったくりが傷害事件に発展した部類だ。双方にとって、最悪のケースになった」
 比嘉が気楽な口調で言った。おそらく彼の言葉は正しい。優子に個人的な感情を持っていなければ、当然の判断だ。
 反町の横で悲壮な表情で集中治療室の優子を見つめている赤堀に、親泊が不審の目を向けている。端正でふっくらしていた優子の顔は青白く、ロウ人形のようだった。それでも、際立って美しかった。
「捜査方針は決まりましたか」
「被害者の持っていた高級バッグを狙った物取りだろう。エルメスの中でも、人気があるバッグだ。中古で売っても五十万は下らない」
 あるいは、と言って反町は比嘉に視線を止めた。
「三百万を持っていることを知っていて、それを狙った」
「しかし、その線は薄い。やり方が衝動的すぎる。まずショッピングセンター周辺で起こった過去の引ったくり事件をピックアップしてみる。似たような犯行があるので、追って報告する」
「引ったくりと、決めつけていいんですか」
「決めつけちゃいない。正攻法だ。近辺の防犯カメラを調べて、不審者を拾い出してみる。被害者の意識が回復したら、犯人の特徴が分かる。被害者に確認させて、それで事件は解決だ」
 比嘉が反町を睨んで言う。県警本部に対する対抗意識剥き出しだ。
 反町たちが話している間も、赤堀は集中治療室の窓に顔をつけるようにして、ベッドに横たわる優子を見ている。しかし彼は、話はしっかり聞いているのだ。

 海からの涼しい風が心地よかった。波の音が微かに聞こえてくる。
 目の前の通りを数台のバイクが爆音を轟かせて走りすぎて行く。
 反町、ノエル、赤堀の三人は若狭公園近くの海岸通り沿いにあるレストランにいた。昼間からの暑さでベランダ席の客はまばらだった。夜になってもまだ熱気が残っている。
 沖縄の梅雨入りは例年は五月の初めで、梅雨明けは六月下旬になる。しかし今年は梅雨入りが遅れ、早くも夏のような日が続いている。
 去年の秋、沖縄で危険ドラッグが出回った。売人は腕に青い龍、ブルードラゴンのタトゥーがある男。そのドラッグは那覇を中心に広がりを見せた。背後には大がかりな組織があると判断し、県警は捜査一課と暴力団対策課が一体となって捜査を始めた。
 やがて、警視庁からも応援の刑事が送り込まれて来た。東京でも危険ドラッグ、ドラゴンソードが出回り始めたからだ。



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〈プロフィール〉
高嶋哲夫(たかしま・てつお)
1949年岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、大学院修士課程修了。
日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。
79年、原子力学会技術賞を受賞。
94年『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞を受賞。
99年『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。
著書に『M8 エムエイト』『TSUNAMI 津波』『原発クライシス』『首都崩壊』など多数。
※本サイトで連載していた『琉球コンフィデンシャル』は『沖縄コンフィデンシャル 交錯捜査』に改題し、集英社文庫より好評発売中です。本連載は、その続編となります。
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第一章 真実の行方