連載
「沖縄コンフィデンシャルⅡ」
第一章 真実の行方 高嶋哲夫 Tetsuo Takashima



 翌日、反町はいつもより一時間早く県警本部に行った。
 捜査一課はひっそりとしていた。大きな事件の捜査中は、泊まり込みしている刑事も多く、空気も殺伐としている。しかし今は、比較的穏やかな空気だ。
 誰もいないと思っていた部屋でキーボードを打つ音がする。
 具志堅が一人、パソコンに向かっていた。捜査資料の持ち出しは厳禁なので、深夜、あるいは早朝に来て仕事をしている者を時折り見かける。
 具志堅は五十八歳だが、パソコンについては反町より詳しい。簡単なプログラムなら、自分で組むこともできるらしい。理由は、北海道に住む孫娘のためだ。そろそろ、喋り始める年齢だ。インターネットでパソコンに送られてくる動画や写真を見て加工し、無料のテレビ電話で話すにはパソコンを自由に使えなければならない。
 反町が隣に座ると、具志堅がパソコンに顔を向けたまま話し始めた。
「おまえ、新都心の引ったくり事件を調べてるのか」
「被害者は儀部の妻の優子です。赤堀が扱ってた事件もあるし、放ってはおけない気がして」
「そう思って、おまえに報せて俺も行ってみた。しかし、所轄の捜査に間違いはない。今のところはな。おまえにそれがひっくり返せるか。だが、所轄の事件だ。筋だけは通しておけよ」
 県警本部の刑事が走りすぎると、所轄との連携が損なわれるということだ。比嘉も反町が駆け付けたのをいい顔はしていなかった。
「優子が死ぬようなことがあれば、強盗致死事件となって、合同捜査本部が立ちますかね」
「優子は危ないのか」
 具志堅がパソコンから顔を上げた。
「状態は安定してますが、意識が戻りません」
「植物状態になるということか」
「医師にも分からないそうです。今日目覚めるかもしれないし、数か月後、数年後かもしれないと言ってます」
 覚めない可能性にも言及していたが、具志堅も知っているだろう。
「三百万はどうなった。優子が持ってたんだろ」
「病院で預かれないって言うんでノエルが所轄の許可を得て、儀部の家族に返したそうです」
「金の出所は」
「出所って、優子は被害者ですよ。金持ちなんだからそのくらいの金――」
 反町は言いかけた言葉を呑み込んだ。持っててもおかしくはない、と言おうとしたのだが、やはり持ち歩くには多すぎる現金だ。
「犯人は銀行から引き出したのを見てたのかもしれませんね。そして後をつけて、ひと目のない駐車場で襲った。やはり金の出所は調べたほうがよさそうだ」
 反町は立ち上がった。
「先入観は捨てろ、白紙になれ。感情的になるなよ。刑事だって人間だ。色眼鏡は付きものだ。自分の筋書きに合わせようと、情報を都合のいいほうに判断する。それが冤罪を生むもとだ」
 具志堅は再び、パソコンに向き直った。



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〈プロフィール〉
高嶋哲夫(たかしま・てつお)
1949年岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、大学院修士課程修了。
日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。
79年、原子力学会技術賞を受賞。
94年『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞を受賞。
99年『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。
著書に『M8 エムエイト』『TSUNAMI 津波』『原発クライシス』『首都崩壊』など多数。
※本サイトで連載していた『琉球コンフィデンシャル』は『沖縄コンフィデンシャル 交錯捜査』に改題し、集英社文庫より好評発売中です。本連載は、その続編となります。
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第一章 真実の行方