連載
「沖縄コンフィデンシャル」
第二章 過去の亡霊 高嶋哲夫 Tetsuo Takashima

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 優子(ゆうこ)が襲われて二日がすぎた。
 午後、反町(そりまち)は赤堀(あかぼり)に県警本部の屋上に呼び出された。
 眼下には那覇の街が広がっていた。街全体が突然訪れた夏のような光で輝いている。
 所々に見える琉球瓦の朱色の輝きが、陽に光っていた。
 反町はサングラスをかけた。
「那覇署の奴ら、引ったくり事件だと決めてかかってる。ハンドバッグを取られそうになった優子が抵抗し、運悪く転んで、車止めに頭をぶつけた。僕が何を言っても聞く耳を持たない」
 赤堀が憤慨した口調で言う。現在の赤堀の頭は優子のことでいっぱいなのだろう。
「状況から考えればそうだろうな。彼らから見れば、優子が誰の妻でどういう立場かなど関係ない。ハンドバッグを取ろうとした犯人に暴行を受けて、意識不明になった一人の犯罪被害者だ」
「このまま引ったくり事件として捜査を続けるのか。所轄の事件として」
「そうなるだろうな。しかし、それが正解かもしれない」
「なんでもいい。何かないか。普通の引ったくり事件と違う点だ」
 赤堀がいらついた口調で言う。捜査二課の赤堀は一課が取り扱うような暴力事件の捜査には慣れていないのだ。
 反町の脳裏には先入観を持つな、という具志堅(ぐしけん)の言葉が浮かんでいる。
「優子の車は駐車場か那覇署か」
 突然、赤堀が聞いた。
「おそらく、もう移動させてる。車がどうかしたのか」
 反町の言葉を無視して、赤堀は歩き始めている。
「車で行こうぜ。那覇署だろ」
「歩いたほうが早い」
「勝手にしろ」
 那覇警察署は県警本部の東一・五キロほどのところにある。歩いて十五分、車だと五分もかからない。国道330号線に面した四階建ての建物だ。
 県警の車に乗った反町は那覇署が見え始めたところで赤堀に追いついた。
 車を止めると、ホッとした様子で乗り込んでくる。赤堀の額には汗が噴き出て、カッターシャツが身体に貼り付いている。



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〈プロフィール〉
高嶋哲夫(たかしま・てつお)
1949年岡山県玉野市生まれ。慶應義塾大学工学部卒業、大学院修士課程修了。
日本原子力研究所研究員を経て、カリフォルニア大学に留学。
79年、原子力学会技術賞を受賞。
94年『メルトダウン』で第1回小説現代推理新人賞を受賞。
99年『イントゥルーダー』で第16回サントリーミステリー大賞・読者賞をダブル受賞。
著書に『M8 エムエイト』『TSUNAMI 津波』『原発クライシス』『首都崩壊』など多数。
※本サイトで連載していた『琉球コンフィデンシャル』は『沖縄コンフィデンシャル 交錯捜査』に改題し、集英社文庫より好評発売中です。本連載は、その続編となります。
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Back number
第三章 沖縄、そして東京
第二章 過去の亡霊
第一章 真実の行方