連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「こらあ、待たんかい! 勝手なことさらすな!」
 表のほうで、男の怒鳴り声が聞こえた。
「ほっといて! あんたにやましいところがあるさかい、そない言うんやろ。なにもないんやったらなんで怒るんや」
 今度は女の甲高い声だ。
「やかましいわい! 横町(よこまち)奉行になんぞ持ちこんだら外聞が悪いっちゅうとんのじゃ!」
「あんたに外聞なんかあったんか。初耳やな。そんなもんあるんやったらわてに見せてほしいわ。汚れたきちゃないふんどし一丁でそのへん歩いとるくせに、なにが外聞じゃ。このゆるふん親父!」
「おまえがちゃんと洗わんからやろ!」
「おとんもおかんももうやめて。ぼくが恥ずかしいさかい……」
 今度は男の子の声だ。
「辰(たつ)コ、おまえは黙っとれ」
「そやかて……」
「すんまへーん、横町奉行さんのお宅はここだすやろか!」
「こら、おまさ、待てゆうとんねん。まえの横町奉行は立派なお方やったが、今度のはあの雀さんやで」
「雀さんでもかまへんやないの」
「おまえは知らんのか。雀さんのこと、近所のものはなんて言うとるか……。ぼーっとして毎日川見たり、空見たりしてるさかいあれは抜け作鳥や、抜け作の雀さんや、て言うとるんや」
「抜け作でも田吾作でもかまへん。わては雀さんに訴える」
「こらあ、おまえみたいに口で言うてもわからんやつはこうじゃ!」
「痛い痛い! 髪ひっぱらんといて! 痛い痛い痛いて! あんたが無法するんやったらわても……」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ! こらあ、なにをすんねん。顔を引っ搔くやつがあるか。男の面は金看板やぞ」
「なにが金看板や。ぶっ細工な看板やな。泥看板か」
 加似江が苦い顔をして、
「公事(くじ)ごとやったら断りなされ。明日にしてもらうのじゃ」
「どうしてです」
「柳川鍋がぬるうなる」
「それはそうですが……」
 ふたりが話しているあいだも、表の怒鳴り声はますます大きくなり、ぎゃーぎゃーわーわーと猫の喧嘩(けんか)のようになっている。そこにこどもの声で、
「なあ、ほんまにやめて。おとんもおかんも……ご近所迷惑やろ」
「辰ちゃん、あんたはそんないらん気ぃ遣わんでもええ。おかあちゃんに任しとき。――よろしいか、開けまっせ」



   4      10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21  次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
Back number
第五話 俳諧でひと儲けの巻3
第五話 俳諧でひと儲けの巻2
第五話 俳諧でひと儲けの巻
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻