連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「ほら、みてみい。雀さんの言うとおりや。辰コのまえでなんちゅうことを言うねん」
「なんやて? 辰ちゃんのまえで言うたのはわてが悪かったかもしれんけど、あんたには言われたあないわ!」
 雀丸はきつい口調で、
「喧嘩口論はしない約束でしょう!」
 謝るふたりに雀丸はためいきをつき、
「すみませんが、もうすこしさくさく話を進めてください。お願いします」
 そう言って、かたわらに置かれた柳川鍋をちらと見た。
「ほな、手短に話させてもらいまっさ。――うちのひと、近頃、様子が変やなあ、と思てましたんや」
「ほう……それはどうして」
「夕方になったらそわそわしはじめて、晩ごはんもそこそこに、『ちょっと出てくるわ』ゆうて出かけますねん。遅うにほろ酔い加減で帰ってきて、そのままええ機嫌で寝てしまいます。そういうことがしょっちゅうおますのや。どこへ行ってたん、てきいてもええかげんなことしか言わへんし、だいたい銭もないのにお酒飲んでくるなんておかしおまっしゃろ?」
「せやから言うたやろが。わしの名所絵を贔屓(ひいき)にしてくれる旦那がおごってくれはるのや」
「嘘つきなはれ! あんたの絵を贔屓にするような物好きがどこにおるんや!」
「馬鹿にすな! わしの絵かて、わかるひとにはわかるのや。現に、近頃、その旦那からいろいろ注文が来とるさかい、けっこう忙しゅうしてるやろ。それを、先方へ納めにいくついでに、ちょっと飲ませてもろとるだけや」
「あんた、わてを甘(あも)う見てもろたら困るで」
「な、なんやと……」
「様子があんまりおかしいさかい、昨日いっぺん、あとをつけたったんや」
「えーっ! ほ、ほんまかいな!」
「ほら見てみ。やましいところがないのやったらそないに驚かんでもええはずや」
「まるで気づかんかったから驚いただけや。マジでそんなことしたんか」
「あんた、大川端の茶店へ入っていったやろ」
「う……」
「どこの贔屓の旦那が茶店で絵の受け渡しするんや? なあ、教えてんか」
「…………」
「わて、松の木の陰でずーっと見てたら、かなり長いことあんた茶啜(すす)ってたなあ。あんなに茶ばっかりお代わりして、おなかだぼだぼなんとちがうやろか、おしっこは行かんでええんやろか、て思てたら、どこぞの妾(てかけ)みたいな、化粧の濃い女が来て、あんたの隣に座ったわなあ」
「あ、あ、あれはやなあ……」
「女が『遅うなってすんまへん、こちのひと』……て言うたわなあ」
「つ、つ、つまりやなあ……」
「ほたら、あんた、えらそうに、『いや、わしも今来たばかりや。ほな行こか』……ゆうて立ち上がったわなあ」
「そ、そ、そうやったかなあ……」



       8  10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 次へ
 
〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
Back number
第五話 俳諧でひと儲けの巻3
第五話 俳諧でひと儲けの巻2
第五話 俳諧でひと儲けの巻
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻3
第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻