連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 地雷屋は廻船(かいせん)問屋で、四百石から千石積みの樽(たる)廻船を多数所有し、株仲間の肝煎(きもい)りも務めている。米、酒、醤油、酢、油、木綿……などを積んで江戸とのあいだを行き来するその船足は大坂随一とも称され、多くの商人がこぞって利用した。ボロ儲(もう)けに継ぐボロ儲けで、地雷屋は巨万の富を得た。儲けた金は惜しげもなく日々の贅沢につぎ込む。
「死んで仏さまのまえに並んだら公方さまも貧乏人もみな同じや。金は生きているうちに使うもんや」
 つねづね蟇五郎はそう言っていた。
「金の箸、金の皿、金の柱……太閤(たいこう)さんやあるまいし、たちの悪い趣味やというのはわかっとる。けど、こんな馬鹿げた暮らしができるのも今なりゃこそや。ひと昔まえなら淀屋(よどや)のように取り潰されていたやろし、この先もどうなるかわからん。こういうことはなにもかも一炊(いっすい)の夢なんや」
 淀屋は、淀屋橋という橋を架ける資金をひとりですべて出したほどの豪商で、三代目の淀屋辰五郎(たつごろう)は天井をギヤマン張りにして金魚を泳がせるなどの贅沢にふけったが、そのおごりが町人の分をわきまえぬものとして公儀の怒りを買い、ついには闕所(けっしょ)・所払いになった。今から百五十年ほどまえの、公儀にも力があったころの話だ。徳川の屋台骨が傾き出した昨今、ことに商人の力が強い大坂ではとても通らぬ。徳川家も諸大名も、商人の顔色を見なければやっていけないご時世なのだ。
「淀屋はんは三代目が店を潰した、て聞いとります。どんな大商人でも三代続かせるのはむずかしいそうだすなあ」
 玉が酒を注ぎながらそう言った。
「わっはははは。『爪に火を灯して貯めた親の子が蝋燭(ろうそく)で読む傾城(けいせい)の文』というからな。初代は貧乏から這い上がろうとして必死で働き、無駄な金は一切使わん。二代目は親の働きぶり、倹約ぶりを見てるさかい、これも始末する。けど、三代目は……というわけや」
「なるほど、そうだすか。――で、旦さんは何代目ですのん」
「わしかいな。わしゃ初代や」
「ええっ? 一代でこれだけの分限(ぶげん)になりはったんだすか。てっきり親の財産を引き継ぎはったのやとばかり……」
「初代も初代。わしはもともと水屋でな……」
 水屋というのは文字通り水を売る商売である。大坂は水が悪く、井戸を掘っても鉄気があったり塩気があったりと、なかなか良い水が出ない。川の水も雨が降ると濁ったり、ゴミの投棄で汚れていたりして、飲用に適さないものが多かった。そこで、きれいな川から水を汲み、桶に入れて、おうこ(天秤棒)で担って売り歩く「担ぎの水屋」が重宝されたのだ。長屋の住人は、買った水を土間に置いた水壺(みずつぼ)に移し替えて利用した。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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第四話 抜け雀の巻2
第四話 抜け雀の巻