連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「使用人が多くなってきたので、わしは大金をはたいて茶船の株を買うた。千石積みの大けな菱垣廻船、樽廻船から荷物を下ろして、荷揚げ場まで運ぶのや。これもうまいこといったのやが、そこまでいくと欲が出てきた」
「旦さん、はじめから欲ばっかりですがな。――で、なにをしはったん?」
「樽廻船の株を買うたのや。船と合わせて、どえらい金がかかった。借金まみれになったけど、これはいちかばちかの勝負やったなあ」
「その勝負に勝ちはったんだすな」
「そや。腕利きの船頭を金にもの言わせてあっちゃこっちゃから引き抜いたんや。よそが十二日かかるところを、わしとこの樽廻船は風待ちが上手いさかい江戸まで九日で行きよる。少々値が高うても、速いほうがええわな。傷みの早い品を扱う商人はみんなうちの得意先になってくれた。一生かかっても返せんかもわからんと思てた借金も一年で返せた。それから先はなにをやってもボロ儲けや。気ぃついたら、こうなっとった。廻船問屋の株仲間もわしのやり方にあれだけ文句言うとったのに、しまいには肝煎りをやってくれ、て言うてきた。とどのつまりは……金やな」
「旦さんはどこを切ってもお金、お金、お金だすなあ……」
「ふふふふ……たしかにそやったけどな、十年ばかりまえにあるお方に出会うて、考え方が変わったのや」
「なんというお方だす」
「松本屋甲右衛門ゆうてな、ついこないだまで横町奉行やった御仁や。今の大坂の侍は町奉行所の与力・同心も蔵屋敷の役人もお城のやつらも……みんな腸(はらわた)まで腐っとる。なにをする力もないくせに、賄賂(わいろ)さえもらえばたやすく政(まつりごと)を歪めよる。そのくせ金のない町人はいじめ放題や」
「お侍を腐らせたのは旦さんたち商人やおまへんか」
「そういう面もあるけどな。――横町奉行はそういう腐った侍の横暴から百姓・町人を守っとるのや」
「旦さんはなにをしてはりますのん」
「わしか。わしは三すくみ……」
「三すくみ?」
「あ、今のは内緒ごとや。忘れてくれ」
「へえ……。けど、その甲右衛門ゆうお方はもう横町奉行を辞めはったんだっしゃろ。今のお方は、やっぱり頼りがいのある、酸いも甘いも嚙み分けたお金持ちのご隠居はんだっしゃろか」
「それがなあ……頼りない、金もない、ひょろひょろっとした、まだまだ人生の修行半ばの若い衆なんや」
「いややわあ。今の横町奉行がそんなおひとやったら、大坂は闇だっしゃないか」
 蟇五郎はぐびりと酒を口にふくむと、
「それが……そうでもないのやなあ。そこが面白いところでな……」
 玉はつぎの言葉を待ったが、蟇五郎は笑うだけでなにも言わず、しばらく肴を食い、酒を飲んだあと、
「せやけど、わしはやり方を変えたわけやない。商いで大成するかどうかは、危ない橋を渡れるかどうか、ゆうことや。ひとがやらんような、綱渡りみたいな商いに飛び込んでいく。そういう気持ちはガキのころと変わらん。ヤバい仕事をこなせてこそ、よそさんよりもようけ儲かるのや。高いところに登らな熟柿(じゅくし)は食えん、虎穴に入らずんば虎子を得ず……ということやな」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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