連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

    二


 大坂東町奉行所は、大坂城の城外、京橋口(きょうばしぐち)を出たところにある。北は大川に面し、天満橋(てんまばし)南詰めを川沿いに東に折れると、大名屋敷のような構えの壮大な建物の塀が見えてくる。門前には広場があり、門の左右には長屋が連なっている。
 正門を入り、玄関をくぐると白洲(しらす)の手前に与力(よりき)溜まりがある。その一室で北岡五郎左衛門(きたおかごろうざえもん)は部下の同心皐月親兵衛(さつきしんべえ)に言った。
「地雷屋蟇五郎(じらいやひきごろう)を牢屋敷に入れることができた。あとは白状するのを待つだけだ」
「白状いたしますかな」
「石を抱かせ、脛(すね)の骨が折れれば、たいていのものは思うてもおらぬことを口にする」
「え? 算盤(そろばん)責めをなさるのですか」
「吟味役の三田村(みたむら)にはすでに伝えてある」
「なれど……牢問(ろうどい)にはお頭(町奉行)の許しを得ねばなりませぬ」
 いわゆる「拷問」に当たる釣るし責めを行うには老中に問い合わせねばならないが、笞(むち)打ちや石抱き、海老(えび)責めなどでも町奉行の許可が必要だった。
「お頭は風邪(ふうじゃ)でふせっておられる。わしが代わって許しを与えよう」
「は、はい……でも大事ございませぬか。万一、無実の罪であったなら、われらも責めを受けましょう」
「公儀船手頭(ふなてがしら)が抜け荷だと言うておるのだ。それがくつがえる気遣いはあるまいて」
「さ、さようでございますな」
 船手頭は船奉行ともいい、徳川家の船舶を管理し、また、海運の取り締まりがその務めであった。四国・九州の各大名家を海上から巡視することも船手頭の主たる役割のひとつである。
「それにしても、皐月、おまえ、さっきなんとか言うておったな」
「なんのことでございます」
「『北岡さまは東町きっての清廉なお方だ。賄賂(わいろ)などとは片腹痛い。控えおれ』と申したではないか」
「あははは……申しました申しました」
「『役人の子はにぎにぎをよく覚え』などと申すが、わしもおまえも日頃、賄賂をもらい慣れておるからのう」
「北岡さまほどではございませぬ」
「なにゆえあのようなことを申したのだ」
「一度言うてみたかったのです。胸がすっといたしました」
「よう申すわい。あっはっはっは……」
「あっはっはっは……」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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