連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「六つか。ひとりあてふたつずつじゃな」
「お祖母さま、数えるなんてはしたないですよ」
「ふん、悪いか。ならばおまえの分もよこせ」
「いやです。私は二個、ちゃんといただきます」
 園はそんなふたりを笑って見ていたが、
「そういえば、雀で思い出しました。先日、父とともに高津宮(こうづのみや)の寄席(よせ)へ参りました」
「へー、園さんのお父上は寄席などへ行かれるのですね。さばけたおひとだ」
 浪人ならいざしらず、身分ある主(あるじ)持ちの武士やその家族は、寄席などの悪所や居酒屋はおろか、うどん屋、煮売り屋などに入ることすら稀(まれ)であった。それらは町人のためにある場所なのだ。たとえばそういう侍がウナギを食べたいと思ったら、下僕にウナギ屋まで買いに行かせ、家で食べるのである。
「町奉行所の役人は、町の皆さんのことをよう知っておらねば務まりませぬゆえ、どこへでも参ります。うちの父は落語が好きで、ときどき私もお供をするのです」
「なるほど」
「そのとき、落語家が演じておりましたのが、雀が出てまいるお話で、とても面白うございました」
 園によると、小田原の宿(しゅく)のある宿屋に、汚らしい風体をした男が泊まるところから落語ははじまる。
「気に入れば長逗留(ながとうりゅう)になるが、金の五十両も預けておこうか」
 と言うので、宿の主は、どなたさんにかぎらず勘定はお立ちのときでけっこうでおます、と答えた。この男が昼に五合(ごんごう)、夜に一升、一日に一升五合の酒を飲む。これを毎日毎日続けてついには五日になったが、まるで出立(しゅったつ)しようという気配がない。これはおかしい、と女房が騒ぎ出したので、しかたなく主は、
「宿賃は出立のときでよいが、酒屋が現金払いなので酒代だけ先にお下げ渡しください」
 そう男に言うと、じつはその男は一文無しのからっけつだった。どうしてくれると怒る主に男は、
「わしは絵師だ。宿賃の形(かた)として絵を描いてやろう」
 そう言って、そこにあった白紙(しらかみ)の衝立(ついたて)に五羽の雀の絵を描いた。主の目からは、ただの下手くそな絵としか見えなかったが、その絵師は、
「この絵はおまえに預けおく。わしがふたたび戻るまで売ったりしてはならぬぞ」
 そう言い残して去っていった。主は女房にさんざん怒られ、ののしられたがどうにもならず、その日は寝てしまった。
 ところが翌朝、その雀の絵に朝日が当たると、不思議なことに、絵のなかの雀が五羽とも抜け出して、庭で餌をついばんだり、遊んだり……。衝立はというと、真っ白になっている。しかも、しばらくすると雀たちは戻ってきて、衝立のなかにぴたりと収まった。主はびっくり仰天。
「あのひとは日本一の絵の名人にちがいない」
 そのことが評判を呼んで、近郷近在はおろか遠くからも「絵から抜け出す雀」見たさに大勢の客が押し寄せ、宿はつねに満員。小田原の殿さまが「千両で買いたい」と言ってきたが、律儀な主は絵師の言葉を守って売ろうとしない。
 そんなところへひとりの老人が現れ、「この雀たちはそのうち死ぬ」と言い出した……。
「落語の題は『雀旅籠(はたご)』、江戸では『抜け雀』というそうです」
 園はそう言った。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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