連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「雀が抜け出すから『抜け雀』……そのまんまですね。で、その先はどうなるのですか」
 雀丸がわくわくしてたずねると、園は微笑んで、
「それは申せません。雀丸さんの興を削ぎますから」
「でも、ここまで聞いたら続きが気になって仕方ありません」
「ご自分で寄席に行かれて、確かめられてはいかがですか」
「はあ……わかりました。では、そのときは園さんもおつきあいください」
「まあ! お誘いくださるのですか。ありがとうございます」
 成り行きで、園と遊びにいく約束ができてしまった。雀丸はさすがに照れて、
「絵師といえば、今日、知り合いの絵師の……」
 と言いかけたとき、遠くから叫ぶような声が聞こえてきた。
「おかん、やめときて。恥かくだけやさかいやめとき」
「なにゆうてるの! 一言、いや、十言ぐらい言わんとわては収まらんし」
「おかん、ちょっと待って。いつもはのそのそしてるくせに、こういうときだけ走るの速いなあ……」
(またか……)
 と雀丸は思った。さっき帰ったばかりの辰吉(たつきち)とまさの声に間違いない。
「いかん……!」
 加似江はよもぎ餅の包みを片づけはじめた。
「どうしたのです」
「あやつらが来るとわしの分が減る」
「うちに来るとはかぎらないでしょう」
「来るに決まっとる。わしがなんぞ食おうとしたらかならず来よるのや」
 ふたりの足音と声は案の定、竹光屋のまえでとまった。
「おごめーん、横町(よこまち)奉行さん、雀(じゃく)さん、いてはりまっかー。いてまんねやろー。あけまっせー」
 いるともいないとも、なんとも答えぬうちに、まさは飛び込んできた。辰吉も一緒だ。まさの髪の毛はほつれ、着物もはだけてヨレヨレだ。園は目を白黒させ、ヒナは背中の毛を立てて唸(うな)っている。
「なんの用件ですか。さきほど横町奉行は夫婦喧嘩は扱わんと申し上げたでしょう」
「殺生だっせ、雀さん。それはそうかもしれんけど、わてかてあのひとの浮気で頭がうわずってしもて、かというてお上(かみ)に願(ねご)うて出るわけにもいかず、頼れるところゆうたら横町奉行のところしかなかったんだす」
「夫婦の揉めごとは、仲人に仲裁してもらうのが筋でしょう」
「わてらは仲人を立てて夫婦になったのやおまへん。あのひとが長谷川(はせがわ)先生のもとで修業してるときに、わてが先生のお宅に女子衆(おなごし)奉公してましてな、いつのまにかそういう男と女の仲になって……」
「おまささん、おやめなさい。辰吉くんが聞いていますよ」
「たがいに惚れて惚れ合って、好いて好かれて一緒になったんだす。せやさかい、仲人なんちゅう気の利いたもんはおまへんのや」
「そうですか……」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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