連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「では、話も決まったところで、みんなでお茶でも飲みましょう。そうそう、よもぎ餅があった……」
 そう言ったとき、加似江と目が合った。加似江は怒りが爆発しそうな顔つきで、よもぎ餅の包みを開いていた。よもぎ餅六個に対して五人……ひとり一個になってしまったのだ。雀丸はそっと目を逸らせた。
 と、そのときだ。
「横町奉行の雀丸さんのお宅はこちらだすやろか」
 鈴を転がすような美しい声である。
「――今日は千客万来やな。はいはい、こちらです。どうぞお入りください」
 横町奉行の、ということは、竹光作りの依頼ではないわけだ。
(今日もまた注文はないみたいだな……)
 横町奉行は無報酬である。どんな揉めごとや公事(くじ)ごとを解決しても一文の銭ももらえない。横町奉行ばかり繁昌しても竹光屋が儲からないかぎり、雀丸は働いたことにならないのだ。
「ごめんやす」
 そう言って入ってきたのは値の高そうな内掛けを着た女と、商家の番頭風の男だった。男のほうが先に口を開いた。
「竹光屋雀丸さんにははじめてお目にかかります。わては、雀丸さんもご存知の廻船(かいせん)問屋地雷屋蟇五郎のもとで一番番頭を務めさせてもろとります角兵衛(かくべえ)と申します。こちらは……」
 女が腰を折り、
「わては地雷屋の旦さんのお世話になっております玉(たま)と申します」
 雀丸が目を輝かせて、
「うわあ、ちょうどよかった。じつは地雷屋さんにおうかがいしたいことが……」
 そう言い掛けたのを遮って、角兵衛が言った。
「本日罷(まか)り越したのはほかでもございません。地雷屋蟇五郎が東町奉行所に召し捕られたのでございます」
「えっ……!」
 一同は絶句した。あれほど騒いでいたまさすら言葉が出なかった。なかでも園は蒼白になっていた。
「あの……私の父は東町の町方同心をしております。皐月と申すのですが……」
 おずおずとそう言うと、角兵衛が手を打ち、
「そや、旦那をお召し捕りになったのは、まさにその皐月さまという同心でございました!」
 園はふらふらとその場に倒れた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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