連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 天満牢屋敷にある穿鑿所(せんさくしょ)は薄暗く、黴(かび)臭く、湿り気のある部屋だった。その中央に、後ろ手にくくられた蟇五郎が座っていた。横に立っているのは吟味役与力の三田村喜四郎(きしろう)だ。二重まぶたで鼻筋が通り、色白の、いわゆる公家顔というやつだ。杖を持って立っているのは打ち役と呼ばれる三田村配下の同心だ。吟味席には北岡与力と皐月同心が座していた。本来ならば、自白の内容や責めの次第を書き記す書物役(かきものやく)同心や獄医などが立ち会わねばならないのだが、それにあたるものたちはひとりもいなかった。
「よろしいのでございましょうかねえ」
 皐月が落ち着かなげに、北岡与力に話しかけた。
「なにがだ」
「地雷屋はかなり知られた豪商です。それを証拠もなしに召し捕って、牢問にかけるなど……もし万一、無実であったとしたら……」
「まだそのようなことを申しておるのか。言うたであろう。公儀の船手頭が大坂城代を通じて東町に言うてきた一件だ。しかも、わしが扱うよう名指しであった。わしらの手もとに証拠はなくとも、船手頭が抜け荷だと申しておるのだからそれでよいではないか」
「はあ……なれど、聞くところによると、船手頭からの大坂町奉行所への依頼は、召し捕って吟味せよ、ではなく、裏付けが欲しいから地雷屋に話をきいてくれ、だけだったそうではございませぬか。牢問にかけるにはお頭に許しをえねばなりませぬ」
「お頭は風邪で伏せっておられるのだから仕方あるまい。あとでお報(しら)せすればよい。きっとお頭もわれらのはからいをほめてくださるはずだ」
「そうでしょうか……」
 北岡は声をひそめると、
「びくびくするな。それに今更なにを申す。われらはもう、作州(さくしゅう)屋から金を受け取っておるのだぞ、たんまりとな」
「そのことでございますが、北岡さまは何度もそうおっしゃいますが、わたくしはいただいておりませぬので……」
「声が高い。三田村に聞こえるではないか。――わかっておる。万事とどこおりなく運んだら、おまえにもわけてやる。――大金だぞ」
「はは……ははは……楽しみにいたしております」
「あとは、地雷屋が白状すればよい。――おおい、三田村、やってくれ」
 吟味与力はうなずくと、
「廻船問屋地雷屋蟇五郎、そのほう、持ち船の谷九九丸(たにぐくまる)を使(つこ)うて英吉利(イギリス)船との抜け荷を企んだこと、船手頭からの書状により明白である。きりきり白状いたせ」
 蟇五郎は顔を上げ、
「なんど申されましても、手前はそのような大それたことを考えたこともございませぬ。証拠があるならばお見せいただきとう存じます」
「船手頭は、土佐の山内(やまうち)家より貴様のところの樽廻船と英吉利船が土佐沖で密会しているとの報せを受け、以前からひそかに山内家と図って内偵しておったのだ。そこへ谷九九丸が現れたゆえに拿捕(だほ)した。そして、谷九九丸には酒やみりん、酢、醤油、油、米などに交じって禁制の品が積まれていた。それこそ動かぬ証拠ではないか」
「さるところ、とはどこでございます」
「それは船手頭にきかねばわからぬ」
「では、谷九九丸に積まれていたご禁制の品とはなんでございましょう」
「地図だ」
「地図……?」
「左様。国外持ち出し厳禁の日本地図が一点、船倉に隠されていたそうだ」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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