連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「谷九九丸の船乗りたちはなんと申しておるのです」
「安治川(あじがわ)を出て田辺沖あたりにさしかかったときに海賊に襲われた、などと言うておるそうだ。苦し紛れの言い訳にしても稚拙だな。刀で脅され、反抗した水夫のひとりは斬られて大怪我をした、とか申しておるようだが、どうせ狂言であろう。海賊の言うがままに土佐沖に出たが、そこでなぜか海賊船はなにも盗らずに谷九九丸を放免した。そして、気がついたら船手頭に捕まっていたそうだ。ははは……だれが信じようか」
「斬られたというのはなんという水夫です」
 三田村は思い出せなかったらしく、皐月のほうを向いた。皐月は、
「福松(ふくまつ)です」
 と即答した。
「福松が大怪我を? ああ、なんというこっちゃ……」
「とにかく日本地図という証拠があるのだ。貴様も、抜け荷の件を認めてしまったほうがよいぞ。牢問は杖打ち、笞打ち、石抱きとあるが、杖ならばさほど痛みもなかろう、などと思うておるなら大間違いだぞ。杖はときに骨を叩き折るし、笞は肉を裂く。貴様のように安楽で自堕落な暮らしを送ってきたものには耐え難い責め苦だ」
「でも、抜け荷を認めてしまったら死罪です。どちらがよいかは明らかでございます」
「理屈のうえではそうだが、なかなかそうでもない。責め苦に耐えきれず白状するのなら、はじめから白状しておけばよかった……と思うようになる。石を抱いたものは、ことにそう思うらしいわい」
 蟇五郎は三田村をにらみつけ、
「大坂の商人としては、やってないことをやったとは言えまへんな。よろしゅおます。杖でも笞でも石でも耐えてみせまひょ。まとめてやっとくなはれ」
「抜かしたな。わしは貴様のような骨のある罪人が好きだ。――おい」
 三田村が合図をすると、打ち役が蟇五郎の背に回り、着物を脱がせ、下帯ひとつにした。そして、大きく杖を振り上げた。

 雀丸の介抱で、園はすぐに気がついた。ぺろぺろとヒナが顔をなめている。園はすぐに起き上がり、玉と角兵衛に頭を下げると、
「よかった。大丈夫ですか」
「はい……気が上(かみ)ずってしまったみたいです。すみません、父がご迷惑をおかけしたようで……」
 雀丸は、
「仕方ありません。それが園さんのお父上のお役目なのですから」
「でも……」
「ただ、私も地雷屋さんが抜け荷までなさるひとだとは思いません。この一件、なにか裏があるような気がしています。それをなんとか探り出さねばなりませんが、相手が町奉行所と船手頭では一筋縄ではいかぬと思います」
「私、地雷屋さん召し捕りについてのあれやこれやを父から上手く聞き出してみようと思います」
 角兵衛が喜んで、
「おお、それはありがたい」
 しかし、雀丸は首を振り、
「いけません。町奉行所の同心がお役目のうえで知り得た秘密を家族であることを利用して聞き出す、というのは道理に反しています。我々はみずからの手で詮議しなければなりません」



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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