連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 外はもう薄暗かった。雀丸は、まっすぐに立売堀(いたちぼり)へと向かった。そこにある煙草屋の二階に、彼がもっとも信を置いている男が間借りしているのだ。
(いるかな……。今時分は稼ぎ時だから、新町か北の新地に出向いているかもしれないな……)
 そんなことを思いながら、浮世小路を西に突き当たると西横堀に沿って南へ南へと下る。北御堂(きたみどう)の裏手へ差しかかったあたりで、カンカラカンカン、チンチラチンチン、ゴンゴンゴゴゴン、ドンドドドン……というにぎやかな音とともに、よく通る歌声が聞こえてきた。

 撃てば当たるは鉄砲で
 食えば当たるはてっちりで
 継ぎが当たるは破れ着で
 髭(ひげ)を当たるは豪傑で
 鬼門に当たるは丑寅(うしとら)で
 的に当たるは強弓(こわゆみ)で
 炬燵(こたつ)に当たるは年寄りで
 千両当たるは富くじで
 なんでも当たるは八卦見(はっけみ)で

(夢八〈ゆめはち〉だ……!)
 雀丸はすぐにわかった。この歌は、「しゃべりの夢八」のコマアサルなのだ。
(いいところで会えた……)
 雀丸が立売堀に会いにいこうとしていた男こそ、この夢八であった。すぐに真っ赤な襦袢(じゅばん)に黄色いひらひらの女ものの着物を着、金色の羽織に緑の烏帽子(えぼし)というけったいな恰好の若者が踊るような歩き方でこちらに向かってやってくるのが見えた。腰には鉄の板やら鈴やらでんでん太鼓やら当たり鉦(がね)やらを紐でぶら下げている。さっきけたたましく鳴っていたのはこれなのだ。
 夢八の商売は「嘘つき」である。虚言でひとをだます「騙(かた)り」ではなく、酒席の座興に、面白くて楽しくて夢のある嘘をつぎからつぎへとつきまくり、一座を盛り上げる芸人である。嘘をつくほかに、小噺(こばなし)、顔真似、声真似、音曲、謎かけ、踊り……なんでもやる。

 ほんまだっか、そうだっか
 あんたの言うことそうだっか
 嘘です嘘です真っ赤な嘘です
 嘘は楽しやおもしろや
 嘘はうれしやはずかしや
 嘘つきゃ幸せ、嘘つきゃご機嫌
 嘘つきの頭(こうべ)に神宿る
 この世のなかに
 ほんまのことなんかおまへんで
 ほんまだっか、そうだっか
 ほんまだっか、そうだっか



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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