連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

 その歌声は、雀丸のまえでぴたりと止まった。そして、
「これはこれは雀さん、お久しぶり。どうぞお掛けなけれ」
「お久しぶり? 一昨日会いましたよ。それに、道のうえで『お掛けなはれ』はおかしいでしょう」
「ほな、どうぞ立ってなはれ」
「今からご出勤ですか」
「今夜は北の新地に出向くつもりですねん。その道中、こないしてコマアサルをしながら流しとりますのや」
「お忙しそうですね」
「貧乏暇なしゆうやつでおます。ほな、急ぎますのでこれで……」
 と行き過ぎようとするのを、
「その急いてはるところをちょっとお願いがありまして……」
「ええっ、かなんなあ」
 そう言いながらも夢八の顔はうれしそうだ。
「なんのご用事だす?」
 雀丸は派手な恰好の夢八を道の端っこに連れていき、一連の出来事を詳しく説明した。
「ふーん、そんなことがおましたんか。地雷屋はんが召し捕られたやなんて、えらいことですがな。今の町奉行所は、ご法もお定めもないがしろにして、いきなり許しを得ずに牢問、拷問……白状したらおしまいだすわ。地雷屋の旦那がそんな目に遭(お)うてはらへんことを祈りますが……」
「ですから一刻を争うのです」
「そのわりにはのんびりしてはりますなあ」
「これでも精一杯急いでいるのです。――力を貸していただけますか」
「ソラモチでおます!」
「ソラモチ? よもぎ餅なら知ってますけど……」
「そらもちろん、ゆうことですわ。横町奉行の手伝いならなんぼでもやらせてもらいます」
「よろしいのですか。貧乏暇なしのところを一銭にもならぬことをお頼みして……」
「貧乏暇なしなのに横町奉行なんぞやってはる雀さんもよう似たもんですやんか」
「ありがとうございます。鬼御前さんは裏街道を歩く商売柄、盗人や海賊にわたりをつけられるように思いますので、そちらの道から一件を探っていただこうと思っています。夢八さんは、地雷屋さんを憎んだり、恨んだり、陥れようとしそうな同業者がいないかどうかをお調べいただけますか」
「要久寺(ようきゅうじ)の和尚はどないしますねん」
 要久寺は下寺町(したでらまち)にある貧乏寺で、「ナメク寺」と異名をつけられているほどぼろぼろだが、そこの住職大尊(だいそん)和尚も横町奉行を補佐する「三すくみ」のひとりなのだ。
「鬼御前さんは大尊和尚のことが苦手です。ですから、お声掛けをためらっています」
 蛇は蛙に勝ち、蛙はナメクジに勝ち、ナメクジは蛇に勝つ。これが「三すくみ」のひとつ、「虫拳」という遊びである。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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