連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka

「そうは言うても、地雷屋はんは大尊和尚にとっても親しい仲間だっしゃろ。仲間の苦難に手を貸すな、というのはかわいそうな気もしますけど……」
「はい。わかっています。ですが、あの一癖もふた癖もあるあのお三方を上手に使うのは、若輩ものの私にはとてもむずかしいのです。横町奉行としては、情にほだされるのは禁物で、ちゃんとした結果が出なければなにもありませんから」
「そ、そらそうだんな」
「でも、あとでもう一度よく考えてみます」
 夢八は驚いた。へらへらしているようで雀丸は、短いあいだに横町奉行としての考え方を会得しかけているではないか……。
「ほな、わてはひとっ走り行ってきまっさ」
「お願いします。――あ、夢八さん、もし聞き込みの途中で絵師の貞飯さんの行方について心当たりがある、というひととぶつかったら、そちらのほうもよろしくお頼みいたします」
「わかっとりま。――待てよ」
 今にも走り出そうとした夢八だったが、急に足をとめて腕組みをし、
「うーん……なんやったかなあ……ついこないだ、似たような話をきいたような気が……」
「まことですか?」
「あ、そや、思い出した! 新町の但馬楼(たじまろう)でわてを呼んでくれはったお客が世間話のついでに言うてましたんや。知り合いの菱田(ひしだ)なんとかいう絵師が、どこのだれともわからん大金持ちからの注文で、ぎょうさん名所絵を描かされてたのが、ある日急に姿が見えんようになってしもた……て」
「貞飯さんと同じですね……」
「しかも、注文に来てたのは、花魁(おいらん)にしてもええぐらいの別嬪(べっぴん)やったそうだすわ」
「…………」
「わても、ぼーっと聞いてましたさかい、あんまり詳しいことは覚えてまへんのやが、たしかそんなことやったと思います。そうしたら、その話を聞いてた舞妓のひとりが、わてのお馴染みさんで摂津(せっつ)から通うてきてた絵描きさんが、突然来んようになって、心配して手紙出したら、行き方知れずになってるて返事が来ました、てなことを言い出しましてな……」
 雀丸はしばらく考え込んでいたが、
「夢八さん、貞飯さんがいなくなったのは、もしかしたら夫婦喧嘩で飛び出したのではなく、かどわかしかもしれません。大坂中、いや、上方(かみがた)中でそういうことが起こっているのかも……」
「夫婦喧嘩やと思てたけど、案外、根は深いかもしれまへんな」
「そうかもしれません。良いことを教えてくださいました」
 雀丸は頭を下げた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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