連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


「首尾はどうじゃ」
「ご安堵あれ。万事とどこおりなく運んどります。東町奉行所の与力と同心に、手前の存知よりのものがおりましてな、その連中がほいほい引き受けてくれました。もちろん賂(まいない)はたっぷりとはずんでございます。今頃は地雷屋は白状に及び、そのうち死罪になりますやろ」
「その与力と同心から秘密が漏れるようなことはなかろうな」
「そのものたちには、肝心のことはなにひとつ伝わっておりまへんのや。ご城代は、地雷屋を取り調べるように東町奉行所に命じましたが、それを手前が、召し捕って牢問にかけるようその与力たちに頼んだのでおます」
「大坂城代にも町奉行所にも言うことをきかせるとは、作州屋、おまえも怖い男じゃな」
「あの方々は手前の申すことを聞いとるのやおまへん。金の言うことを聞いてはるだけでおます」
「それはそうじゃ。――あとはどんどん描かせるだけだのう」
「そちらのほうもぬかりなく進んどります」
「異人があのようなものを欲しがるとは思いもよらなんだ。考えてみれば、日本地図なんぞよりずっと役にはたつのう」
「さようでおますな。しかも、ずいぶんと急いでおる様子やとか」
「その分、値を吊り上げてやったが、即座に承知しおった。まだまだ売れるぞ」
「ご在役さまは異人に絵を売っているのやのうて、この国を売っているようなもんだすなあ」
「ふふふ……売国奴(ばいこくど)か。そのとおりかもしれぬ。なれど、わしはご家老の指図で動いておるだけじゃ。山内家の台所はとうに潰れてしもうておる。建て直すには手立てを選んではおれぬ。金さえ稼げればなにをしてもよいのだ。おそらく他家も同様であろう。金がなければ軍備も調えられぬ。徳川の屋台骨がぐらつきだし、先行きが見えぬ今を生き残るには、金がいる。抜け荷でもなんでもするぞ」
 抜け荷は商人や役人だけが行うものではない。大名家が率先して抜け荷を行うことも多いのだ。薩摩(さつま)の島津家や石州(せきしゅう)浜田家、加賀の前田家などの例が知られているが、もちろんほかにもあっただろう。財政が逼迫(ひっぱく)した大名は、長崎の会所(かいしょ)を通さずひそかに清(シン)や阿蘭陀(オランダ)などとの直取り引きを行った。島津家などは、幾度となく公儀から抜け荷を糾弾されてもやめようとせぬ。少しまえには家老の調所笑左衛門(ずしょしょうざえもん)が責めを一身に引き受けて服毒死したが、それでも抜け荷は続けているぐらいである。
「それにしてもうまい企みじゃな。地雷屋に抜け荷の罪をかぶせてしまえば、当家へは疑いが向かぬようになる。おまえも、地雷屋がいなくなれば大坂の廻船を牛耳ることができる。一挙両得というやつじゃ」
「地雷屋は目のうえの瘤(こぶ)でおましてな、あの店がのうなると、たいそうありがたいのでございます。手前ども同様、賄賂をばらまいてのし上がってきた店でおますが、横町奉行とつながりがおましてな……」
「横町奉行? ああ、町人が町人の揉めごとを裁くとかいうアレか。大坂ならではの仕組みじゃな。あのようなものがおると、侍を恐れぬ町人が増えてなにかとやりにくいわい」
「はい、手前も同じ考えでございます。町人というのは、侍が申すことをなんでも、はいはいそうでございますかおっしゃるとおりにいたします、と聞いておればええのです。でないと、手前がお武家衆に袖の下をお渡ししている意味合いがのうなります」
「はははは……そのようなことを申しておるが、その武家を金の力で動かしておるのはおまえではないか」
「お気づきでございますか」
「さすがは作州屋、腹が黒いのう」
「ご在役さまほどではございませぬ」
「ところで、なにもかも片づいたあと、あの絵師どもはどうすればよいかな」
「それはもう……後腐れなく始末してしまうのが一番でございましょう」
「うははははは……やはりおまえのほうが腹黒いわい」
「いえいえ、ご在役さまを見習うておるだけでございます」
「わしこそ、おまえを見習うておるのじゃ」
「ご謙遜、ご謙遜……ご在役さまのほうが……」
「おまえのほうが……」
「ご在役さまのほうが……」
「おまえのほうが……」
 いつまでも終わらない。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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