連載
浮世奉行と三悪人
第四話 抜け雀の巻2 田中啓文 Hirofumi Tanaka


 夢八と別れたあと、雀丸は足を延ばし、下寺町の要久寺に赴いた。「ナメク寺」と呼んだほうが通りがよい要久寺は、寺ばかりが並ぶ下寺町界隈でも図抜けた貧乏寺である。本堂も斜めに歪(ゆが)んでいて、大風が吹いたら倒れそうなほどである。建ててから一度も掃除したことがないのでは、と思えるほどの汚さで、天井には蜘蛛(くも)の巣、壁にはネズミの巣があるが、ネズミの巣のほうは今は空家である。ネズミが、あまりの汚さに嫌気がさして出ていったらしい。
(何遍来ても…………汚いなあ……)
 毎度のことながら呆(あき)れるしかない。山門の横には「葷酒(くんしゅ)山門に入(い)るを許す なんぼでも許す」という石柱が建っていて、住職の酒好きを物語っている。この石柱を作ったことによって、要久寺は臨済宗の本山から縁切りをされたのだそうだ。
 勝手知ったるボロ寺に上がり込むと、雀丸は庫裏(くり)に向かった。
「和尚さん……大尊和尚さんはおられますか」
「おお、ここじゃ。入ってこい」
 声のしたほうに向かうと、和尚は板の間にあぐらをかき、大ぶりの茶碗で酒を飲みながら、なにやら細工ものを作っている。竹筒に鉄の輪がいくつもはめられており、その一端に長い棒がついている。
「なんですか、それは」
「わからぬか。水鉄砲じゃ」
 大尊和尚は、からくり作りが得意なのである。
「はあ……こどものおもちゃですね」
「ちがう。そのようなありきたりのものではない。ここに取り付けた貯水箱に水を溜め、それを圧し縮めることで、よくある水鉄砲よりはるか遠くに水を放つことができるのじゃ。とてつもない圧がかかるゆえ、こうして鉄の輪をはめぬとすぐに割れてしまう」
「二間(約三・六メートル)ぐらいは飛ぶのですか」
「なんの、十間は届くな」
「えーっ、それはすごい」
 すごい、と言われて和尚は顔を上げた。異相である。額が福禄寿(ふくろくじゅ)のように縦に長く、頬かむりするにはよほど長い手拭いでもむずかしいだろう。白い顎鬚(あごひげ)は床まで垂れ、とぐろを巻いている。身体は骨と皮ばかりに痩せこけているが、太い竹を鑿(のみ)でたやすく割っていくのを見ると、その細い腕にはかなりの力が秘められているものと思われた。
「しかも、ものすごい強さの水が出るぞ。豆腐ぐらいなら壊してしまう」
「豆腐? それぐらいならこどもの水鉄砲でも壊せそうですが……」
「いや、豆腐ではなかった、コンニャクじゃ。コンニャクぐらいなら壊してしまう」
 コンニャクでもたいしたことはなさそうだ。だが、豆腐とコンニャクのちがいについて言い合っているときではない。雀丸は早速本題に入った。
「地雷屋の蟇五郎さんがですね……」
 そう一言言っただけで、
「蟇五郎か。あやつは苦手じゃ」
 大尊和尚は顔をしかめた。



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〈プロフィール〉
田中啓文(たなか・ひろふみ)
1962年大阪府生まれ。神戸大学卒業。
93年「凶の戦士」で第2回ファンタジーロマン大賞佳作入選、ジャズミステリ短編「落下する縁」で「鮎川哲也の本格推理」に入選しデビュー。
2002年『銀河帝国の弘法も筆の誤り』で第33回星雲賞日本短編部門、09年短編「渋い夢」で第62回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。
『水霊(ミズチ)』『辛い飴』『チュウは忠臣蔵のチュウ』等、著書多数。
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